ヨハニログ

多田神社、ちょっと凄すぎませんか?(笑)

1 まず『源氏発祥の地』とは、どういうことなのか?

多田神社は、兵庫県川西市にあります。

そして、この場所は清和源氏発祥の地として知られています。

その中心人物が、平安時代の武将・**源満仲(みなもとのみつなか)**です。

満仲は多田の地を拠点とし、970年に多田院を創建したとされています。

現在の多田神社は、その歴史を受け継ぐ場所です。

ただ、ここで「源氏発祥の地」とだけ言われても、やっぱり少し分かりにくい。

私が今回の記事で一番お伝えしたいのは、ここです。

「源氏って、結局誰なの?」

ということです。

歴史の教科書を思い出してみてください。

源頼朝。

鎌倉幕府を開いた人物です。

その源頼朝も、源満仲から続く源氏の系統につながっています。

そして、その後の日本史には「源氏」を名乗る、あるいは源氏の末裔を称する武家が数多く登場します。

つまり、

「源氏発祥の地」というのは、単に昔の武将がいた場所という話ではない。

その後の日本史に大きな影響を与える武家のルーツをたどっていくと、多田の地に行き着く。

そう考えると、急に凄さが分かってきませんか?

2 足利尊氏も、多田院を特別な場所として扱っていた

※歴史上の系譜には諸説あります。

ここから、さらに歴史が面白くなります。

室町幕府を開いた人物といえば、

足利尊氏。

この足利氏も、清和源氏の後裔を称した一族です。

そして、足利尊氏は多田院を深く崇敬していたとされています。

実際に多田院には足利氏からの寄進などがあり、尊氏の死後には遺骨が多田院に分納され、その後も足利歴代将軍の分骨が納められるようになったと伝えられています。

これって、かなり凄いことではないでしょうか。

「源氏発祥の地」という看板だけが残っているのではありません。

後世の武家政権を担った足利氏が、実際に多田院を重要な場所として扱っていた。

ここに、多田神社の歴史的な重みがあるように私は感じます。

そして、ここで一つ大切なことがあります。

歴史上の「○○氏の子孫」という話は、現代の戸籍のように単純に確認できるものではありません。

武家が自らの家の由緒を示すために、由緒ある系譜を称することもありました。

ですから、

「足利氏は清和源氏の後裔を称していた」

と表現するのが適切でしょう。

これは「嘘だった」という単純な話ではありません。

当時の社会において、自分たちがどのような家柄なのか、どのような由緒を持つのかを示すこと自体に大きな意味があったからです。

3 そして徳川家まで出てくる

さらに驚くのが、徳川家との関係です。

徳川家もまた、自らを清和源氏の後裔と称していました。

つまり、

「源氏の流れをくむ家である」

ということを、自らの家の由緒として位置づけていたわけです。

そして多田神社には、もっと分かりやすい「徳川家とのつながり」が残っています。

現在の多田神社の本殿、拝殿、随神門などは、江戸時代に徳川4代将軍・徳川家綱によって造営されたものです。

しかも、これらは現在、重要文化財に指定されています。

ここまで来ると、

「多田神社は源氏発祥の地ですよ」

だけでは、やっぱり説明が足りない気がしてきます。

足利氏が崇敬した。

徳川将軍家が社殿を造営した。

そんな歴史が、この川西の地に残っているのです。

4 まさかの金太郎。そして鬼切丸まで出てくる(笑) 

そして、ここからが個人的には一番面白いところです。

皆さん、

金太郎

はご存じですよね?

まさかり担いだ金太郎。

この金太郎のモデルとして知られているのが、

坂田金時(さかたのきんとき)

です。

そして坂田金時は、源頼光に仕えた四天王の一人として知られています。

つまり、

源満仲

源頼光

坂田金時

金太郎

とつながっていくわけです。

そして、源頼光といえば……

そう。

大江山の鬼退治です。

酒呑童子の伝説ですね。

そして、その鬼退治に使われたと伝えられている刀が、

「鬼切丸」

です。

その「鬼切丸」が、多田神社の宝物として伝えられています。

さらに境内には、

鬼の首を洗ったと伝えられる池

まであります。

……いやいや。

ちょっと待ってください。

これ、凄くないですか?(笑)

源氏の発祥地で、

足利尊氏につながって、

徳川家とも関係があって、

金太郎まで出てきて、

大江山の鬼退治まで出てきて、

その鬼を切った刀まで残っている。

凄くないですか?(笑)

5 そして、現代の川西には「きんたくん」がいる

ここで、さらに面白い話があります。

川西市のキャラクターをご存じでしょうか。

「きんたくん」です。

そう。

金太郎です(笑)。

川西市と坂田金時とのゆかりから生まれたキャラクターです。

そして、私はこれを知ったとき、

「なるほど……」

と思いました。

川西市では、1000年以上前の歴史が、現代のキャラクターにまでつながっているんですね。

しかも、川西市のごみ収集車から流れてくる音楽も、

「赤とんぼ」ではなく、きんたくんのテーマソング。

つまり、川西の街では日常生活の中で金太郎の歌が流れているわけです(笑)。

考えてみると、これは結構凄いことです。

川西市の方が何気なく見ている「きんたくん」の後ろには、

源満仲、源頼光、坂田金時という長い歴史がある。

6 今回、私が思ったこと

今回、多田神社について改めて調べてみて思ったことがあります。

それは、

「川西って、もっとこの歴史を知ってもらってもいいんじゃない?」

ということです。

もちろん、川西市が何もPRしていないわけではありません。

実際に「清和源氏発祥の地」として、多田神社や源氏ゆかりの場所を紹介しています。

でも、

「清和源氏発祥の地」

という言葉だけでは、一般の人には、その凄さが伝わりにくいのではないでしょうか。

だったら、

「足利尊氏が崇敬した場所です」

「徳川4代将軍・家綱が社殿を造営しています」

「あの金太郎・坂田金時につながります」

「大江山の鬼退治に登場する源頼光ゆかりの地です」

「鬼切丸と伝わる刀もあります」

と、知っている名前から入ってもいい。

その先に、

「実は、全部“源氏”という大きな歴史の流れでつながっているんですよ」

と説明すればいいのではないでしょうか。

私は歴史の専門家ではありません。

だからこそ、今回の記事では難しい歴史を解説するのではなく、

「改めて多田神社について調べてみたら、こんなに凄かった」

という目線で書いてみました。

そして、もしこの記事を読んで、

「ちょっと多田神社に行ってみようかな」

「川西ってそんな歴史があるの?」

と思っていただけたなら、それだけでも嬉しいです。

川西には、まだまだ知られていない魅力があるのかもしれません。

「清和源氏発祥の地」

という言葉の向こう側には、

1000年以上の歴史と、

数々の武将たちの物語があります。

そして今も、川西の街には「きんたくん」がいる。

……やっぱり、

多田神社、凄いですよ(笑)。

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