こんにちは、ヨハニです。
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最近、「モンクモード」という言葉を知りました。
「モンク(Monk)」とは、修道士や僧侶のこと。
そこから派生した「モンクモード」は、外から入ってくる余計な刺激や誘惑を減らして、自分のことや目標に集中するような状態を表す言葉として使われているようです。
スマホやSNSから距離を置いたり、人付き合いを減らしたり、余計なことをせずに自分のやるべきことに集中したり。
なるほど。
なんだか、カッコイイ言葉です(笑)。
そして、こういう言葉を知ると、私はすぐに自分の生活に当てはめて考えてしまいます。
「じゃあ、私にとってのモンクモードって何だろう?」
そんなことを考え始めました。
1 山にこもることがモンクモードなのか
「モンク」と聞くと、私はどうしても山を想像してしまいます。
人里離れた場所にこもり、静かな環境で修行する。
人と会うこともなく、世間から離れて、自分自身と向き合う。
それはそれで、とても分かりやすいモンクモードです。
でも、現実の私はそうはいきません。
仕事があります。
家族もいます。
人と話します。
お客様とも接しますし、職場の人とも接します。
日常生活の中で、人と接しないということは、まずありません。
そもそも、人と接することを避けたいとも思っていません。
人と話すことで気づくこともあります。
自分にはなかった考え方を知ることもあります。
思いがけない刺激を受けることもあります。
そう考えると、
「モンクモード=人と接しないこと」
とするのは、私の生活には少し合わないような気がします。
2 人と接すると、自分は揺れる
人と接していると、どうしても心は揺れます。
誰かに褒められれば嬉しい。
反対に、否定されれば落ち込む。
自分よりうまくいっている人を見ると、焦ることもある。
誰かの何気ない一言が、妙に心に残ることもあります。
良い刺激もあれば、あまり受けたくない刺激もあります。
そして私は、そういうものに比較的影響を受けやすいほうだと思います。
だからといって、
「何があっても動じない人になろう」
とは、あまり思いません。
人と接して心が動くのは、ある意味では自然なことだからです。
嬉しいものは嬉しい。
嫌なものは嫌だ。
心配になるときもある。
それでいいのではないかと思っています。
むしろ大切なのは、心が揺れたことではなく、その後なのではないか。
最近、そんなことを考えるようになりました。
3 自分軸とは、揺れないことなのか
私はこれまで、「自分軸」という言葉を何度か考えてきました。
自分軸というと、
「人に流されない」
「自分の意見を貫く」
「周りが何と言おうと、自分の道を進む」
そんなイメージがあります。
もちろん、それも自分軸の一つなのだと思います。
でも、今の私は少し違うように感じています。
人と接すれば、影響を受ける。
何かを言われれば、心が揺れる。
それでも、
「自分はどう思うんだろう?」
と、自分のところへ戻ってくる。
それも自分軸なのではないか。
そう思うようになりました。
つまり、
自分軸とは、揺れないことではなく、揺れたあとに自分のところへ戻ってこられること。
なのかもしれません。
そう考えると、「モンクモード」という言葉も、少し違った見え方をしてきます。
4 自分の中に軸足を置いて、世間と接する
山にこもる。
人と接しない。
外からの刺激を遮断する。
そうではなく、
自分の中に軸足を置いたまま、世間と接する。
そんなモンクモードがあってもいいのではないか。
仕事をする。
人と話す。
家族と過ごす。
誰かの意見を聞く。
社会の中で普通に生活する。
その中で、いろいろな刺激を受ける。
もちろん、心も揺れる。
でも、そのたびに、
「私はどう思うのだろう?」
「これは本当に自分が望んでいることなのだろうか?」
と、自分のところへ戻ってくる。
それなら、人と接することとモンクモードは、別に矛盾しないのではないか。
そんなふうに思えてきました。
そして、ここで一つ気になることがあります。
人と接すると、これほどまでに心が揺れる。
では、なぜ私たちは、そんなにも外からの刺激に影響されるのでしょうか。
そして、なぜ人は、分かりやすく強い刺激を求めてしまうのでしょう。
一方で、瞑想や読書、ウォーキングのように、その場では効果が分かりにくいものもあります。
でも、後になって「あれ、なんだか良かったな」と思うものもある。
もしかすると、ここにも「自分軸」と「モンクモード」を考えるヒントがあるのかもしれません。
5 今回、気づいたこと
今回、「モンクモード」という言葉から、自分なりにいろいろと考えてみました。
私の場合、モンクモードとは、人と接しないことではなさそうです。
むしろ、
モンクモードの自分が、人と接する。
そんな感覚に近いのかもしれません。
人と接する。
刺激を受ける。
心が揺れる。
それでも、自分のところへ戻ってくる。
そのためには、そもそも「自分のところ」と呼べるものが必要なのではないか。
そして、その「自分のところ」を作っているものは、案外、派手なものではないのかもしれません。
次回は、私たちを揺さぶる「刺激」について、もう少し考えてみたいと思います。
モンクモードとは、一体どんな状態なのか。
もう少し、自分なりに考えてみます。

