ヨハニログ

ル―テインは、私の人生をどこへ連れていくのだろう②~ル―テインに、やる気はいらない~

第1章 毎回、やる気を出す必要はない

ルーティンの一つ一つには、それほど大きな刺激がありません。

スクワットをする。

歩く。

本を読む。

ブログを書く。

どれも、毎回「よし!今日も頑張るぞ!」と気合いを入れて取り組むものではありません。

むしろ、毎日そんなことをしていたら疲れてしまいます(笑)。

朝起きて顔を洗う。

トイレに行く。

歯を磨く。

こうしたことに、毎回モチベーションを求める人はあまりいないでしょう。

「今日は歯を磨く意味について深く考えてから磨こう」

なんて人は、そういないと思います(笑)。

それと同じように、私の中ではルーティンも、少しずつそういう位置に近づいていたのだと思います。

「やるべきこと」ではなく、

「いつものこと」

になっていた。

今回、それが崩れたことで、逆にその違いが分かりました。

第2章 ルーティンに意味を持ち込まない

私は、ルーティンには毎回「意味」を持ち込まなくてもいいのではないかと思っています。

スクワットをするたびに、

「これで筋力がつく」

「将来の健康につながる」

「今日も自分を成長させている」

と考える必要はない。

もちろん、そういう意味はあります。

でも、それを毎回確認しなければ続けられないとしたら、少し大変です。

意味を考えることにもエネルギーが必要だからです。

だから理想は、

「意味は分かっている。でも、いちいち考えない」

なのではないでしょうか。

生活の中に置いてしまう。

決まった時間になればやる。

あるいは、ある行動の後に自然とやる。

そうやって、少しずつ「考えなくてもできるもの」にしていく。

それがルーティンなのかもしれません。

第3章 ルーティンは、退屈だから続く

ここまで考えて、少し面白いことに気づきました。

ルーティンには、刺激がありません。

毎回、新鮮な発見があるわけでもない。

大きな達成感があるわけでもない。

だからこそ、続けられるのではないかと思ったのです。

刺激の強いものは、楽しい。

新しいことに挑戦するのも、楽しい。

私自身、そういうものが好きです。

でも、毎日すべてを刺激的にすることはできません。

それでは疲れてしまいます。

だから、

刺激のない時間があるからこそ、刺激のあることにも向かっていける。

そんな関係なのかもしれません。

ルーティンは、人生を面白くするためのものではない。

むしろ、人生の中に「面白くない時間」を安定して置いておくためのものなのかもしれません。

少し言い方を変えれば、

退屈に耐えるためではなく、退屈を味方につける。

そんな感じでしょうか。

第4章 「いつものこと」が、自分を支えている

今回、私はルーティンが崩れてみて初めて気づきました。

普段は、それが自分を支えていることを意識していませんでした。

でも、毎日の中に「いつものこと」がある。

その積み重ねがあることで、

「今日はこれをやった」

「今日もいつも通りできた」

という小さな感覚が残ります。

それは、達成感とは少し違います。

「自分は成長した!」

という感覚でもありません。

もっと静かなものです。

もしかすると、以前お話しした**「自覚のない自信」**に近いのかもしれません。

毎日、何かを積み重ねている。

だから、特別なことをしているつもりはない。

でも、その積み重ねがあることで、自分の生活に対して妙な安心感が生まれている。

今回、ルーティンが崩れたことで、その感覚が少し薄くなりました。

だから、スクワット一つでさえ、以前より重く感じたのかもしれません。

まとめ ルーティンは、頑張るためのものではない

今回、改めて考えてみると、ルーティンは「頑張るための仕組み」ではないような気がしています。

むしろ、

頑張らなくても続けられる状態を作るためのもの。

毎回やる気を出さなくてもいい。

毎回、意味を確認しなくてもいい。

毎回、大きな成果を期待しなくてもいい。

ただ、淡々とやる。

それでいい。

そして、その「それでいい」を長く続けていると、いつの間にか自分の生活の一部になっている。

今回の私は、そこから少し外れてしまった。

だからこそ、ルーティンの存在に気づくことができました。

でも、ここでまた疑問が出てきます。

私は、どうしてこういう地味な積み重ねを続けることに、意外と充実感を感じるのでしょうか。

私は昔から、飽きやすい。

強い刺激も好きです。

新しいこともやりたくなる。

それなのに、コツコツ続けることも嫌いではない。

この二つの自分は、いったいどういう関係なのでしょうか。

ルーティンは、私の人生をどこへ連れていくのだろう。

次回は、そんな「飽きやすい私」と「コツコツ続けたい私」の不思議な同居について、考えてみたいと思います。

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