ヨハニログ

私の繊細さは、私をどこへ連れていくのだろう⑤~私の繊細さは、私を作る原動力なのかもしれない~

① 私は、いろいろなものに反応してきた

「好き」は、案外小さなところから始まる

40年生きてきて、

「自分は何が好きなんだろう?」

と改めて考えてみました。

すると、意外とたくさん出てきます。

本を読むこと。

歩くこと。

植物。

お香。

お茶。

陶器。

文章を書くこと。

何かを作ること。

歴史。

海。

そして、家族と過ごす時間。

一つひとつを見ると、

「だから何なの?」

と思うようなものもあります(笑)。

でも、私にとっては、どれも何となく気になる。

やっていると心地いい。

もっと知りたくなる。

そんなものです。

そして考えてみると、

私は昔から、

「何となく気になる」

という感覚を、結構大切にしてきたのかもしれません。

「興味がある」も、自分からのサインなのかもしれない

例えば、ある本を読んで、

「この考え方、面白いな」

と思う。

そこから別の本を読む。

すると、また別のことが気になる。

調べる。

考える。

そして、また何かを書きたくなる。

ブログもそうです。

最初は副収入を得るために始めました。

でも、書き続けているうちに、

「自分は、こういうことを考えるのが好きなんだ」

と分かってきました。

人生について考える。

暮らしについて考える。

仕事について考える。

人間について考える。

そして、それを文章にする。

どうやら私は、そういうことが好きらしい。

これは、誰かに教えてもらったわけではありません。

自分で何度も繰り返しているうちに、

「どうも自分は、こういうことに興味があるらしい」

と分かってきたのです。

② 繊細さは、「本来の自分」を教えてくれるのかもしれない

ここで、今回のシリーズを始めたきっかけに戻ってみます。

私は、

「もしかして、自分は繊細なのでは?」

と思いました。

そして、

「繊細だから、いろいろなものを受け取ってしまう」

と考えました。

でも、そこからもう一歩考えてみると、

受け取るからこそ、自分が何に反応するのかも分かる

のではないでしょうか。

同じ景色を見ても、

何も感じない人もいる。

私は、そこで何かを感じる。

同じ本を読んでも、

「ふーん」で終わる人もいる。

私は、

「これは面白い」

と思って、そこから考え始める。

同じ場所にいても、

「ここ、なんか好きだな」

と思うことがある。

そういう小さな反応の一つひとつが、

「自分はこういうものが好きなんだ」

と教えてくれているのかもしれません。

「本来の自分」は、どこかに隠れているものではない

私は以前、

「本当の自分」

とか、

「本来の自分」

というものは、どこかに隠れているものなのではないかと思っていました。

いつか、それを見つける。

そして、

「これが本当の自分だったんだ!」

と分かる。

そんなイメージです。

でも、最近は少し違うのではないかと思っています。

本来の自分は、

日々の小さな反応の中に、すでに出ているのではないか。

何が好きなのか。

何に興味があるのか。

何をしていると心地いいのか。

何に違和感を覚えるのか。

何なら、時間を忘れて考えてしまうのか。

そういうものを拾っていく。

すると、

「ああ、自分ってこういう人間だったんだ」

と少しずつ分かってくる。

つまり、

自分探しとは、自分を新しく作ることではなく、自分の中にすでにあるものを拾っていくことなのかもしれません。

③ その積み重ねが、「自分の軸」になっていく

好きなものが、少しずつ自分を形作る

例えば、

本が好き。

植物が好き。

お茶が好き。

陶器が好き。

文章を書くことが好き。

自然が好き。

そういうものが一つずつ積み重なっていく。

すると、

「私は、こういうものを大切にする人間なんだな」

というものが、少しずつ見えてきます。

それは、誰かに決めてもらったものではありません。

世間の正解でもありません。

自分の中から出てきたものです。

そして、それが少しずつ、

「自分の軸」

になっていくのだと思います。

軸があると、全部を受け取らなくてもよくなる

ここは、第2話ともつながります。

私は、いろいろなものを受け取ります。

人の言葉。

人の価値観。

世の中の情報。

他人の生き方。

以前なら、それを受け取るたびに、

「自分もそうしなければ」

と思っていたかもしれません。

でも、自分の中に、

「私は、これが好き」

「私は、これを大切にしたい」

というものが少しずつ分かってくると、

全部を自分の中に入れなくてもよくなる。

誰かが良いと言っているものを見て、

「そうなんだ」

と思う。

でも、

「私はどうだろう?」

と考えられる。

それが、

自分の軸を持つということなのかもしれません。

④ コンプレックスだったものが、私を作っていた

ここまで来て、私は少し不思議な気持ちになりました。

私はこれまで、

「気にしすぎる自分」

「考えすぎる自分」

「人のことを気にしてしまう自分」

を、どこかでコンプレックスに感じていたと思います。

もっと気にしない人になりたい。

もっと強くなりたい。

もっと割り切れるようになりたい。

そんなふうに思ったこともあります。

でも、40年生きてきた自分を振り返ってみる。

すると、

その「気にしてしまう自分」がいたから、

人のことを考えた。

その「考えすぎる自分」がいたから、

いろいろなことを調べた。

考えた。

文章にした。

その「感じてしまう自分」がいたから、

植物やお茶や陶器や海に惹かれた。

そして、

そういうものを好きになっていく中で、

少しずつ、

「自分はこういう人間なんだ」

というものが出来てきた。

そう考えると、

私がコンプレックスだと思っていた「繊細さ」は、

私を苦しめてきただけではなかったのかもしれません。

むしろ、

私が何を好きなのか。

何に興味を持つのか。

何を大切にしたいのか。

それを教えてくれたものの一つだったのかもしれません。

まとめ 私の繊細さは、私をどこへ連れていくのだろう

今回のシリーズのタイトルは、

「私の繊細さは、私をどこへ連れていくのだろう。」

でした。

最初は、私にも答えがありませんでした。

今も、完全な答えがあるわけではありません(笑)。

ただ、5話かけて自分を振り返ってみて、

少しだけ見えてきたものがあります。

私は、いろいろなものを受け取る。

そして、考える。

時には、世間の価値観や他人との比較まで受け取ってしまう。

でも、その中から、

「これは好きだ」

「これは気になる」

「もっと知りたい」

「これは大切にしたい」

という自分自身の反応も生まれている。

それを、歩いたり、読んだり、書いたり、作ったり、植物を育てたり、お茶を点てたり、海を見たりしながら、自分なりの形にしている。

その積み重ねによって、

少しずつ、

「私はこういう人間なんだ」

というものが見えてくる。

そして、それが、

自分の軸

になっていく。

そう考えると、

私の繊細さは、

私を苦しめるだけのものではなかったのかもしれません。

むしろ、

私に「本来の自分」を教えてくれるものだったのかもしれない。

何が好きなのか。

何に興味があるのか。

何を大切にしたいのか。

何をしていると、自分に戻れるのか。

そういうものを教えてくれる。

そして、それを拾い集めていくことで、

少しずつ自分の軸ができていく。

もちろん、これは私自身の振り返りから出てきた考えです。

本当にそうなのかは、まだ分かりません。

でも、

「繊細だから、もっと強くならなければ」

と考えていた頃より、

「この性質が教えてくれるものを、もう少し大切にしてみよう」

と思える今のほうが、

私は自分らしい気がしています。

だから、これからも、

「何となく気になる」

「なぜか好き」

「もっと知りたい」

という自分の小さな反応を、大切にしてみようと思います。

それは、もしかすると、

自分から自分へのサイン

なのかもしれないからです。

そして、もしあなたにも、

「自分のこんなところが嫌だ」

と思っている性質があるなら、

すぐに変えようとしなくてもいいのかもしれません。

一度だけ、

「この性質があったからこそ、私は何を好きになったんだろう?」

と考えてみる。

もしかすると、

そこには、

あなたがまだ気づいていない

「自分らしさ」

が隠れているかもしれません。

私もまだ、探している途中です。

でも今は、

自分の繊細さをなくしたいとは思いません。

それよりも、

この繊細さと一緒に、これからどんな自分を作っていけるのだろう。

そんなことを考えています。

私の繊細さは、私をどこへ連れていくのだろう。

今のところの答えは、

「私自身のところへ。」

なのかもしれません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です