ヨハニログ

ル―テインは、私の人生をとこへ連れていくのだろう③~飽きやすい私が、なぜコツコツを続けるのだろう~

第1章 私は、飽きやすい

まず、これは自分でもかなり自覚しています。

私は飽きやすい。

同じことをずっと繰り返していると、刺激がなくなってくる。

「もういいかな」と思ってしまうことがあります。

だから、新しいものを見ると興味が湧きます。

今回始めたInstagramもそうです。

ブログの『一服』で写真を扱うようになり、今度はInstagramにも写真を載せてみようと思った。

まだ、お香と抹茶茶碗の写真くらいしか投稿していません(笑)。

でも、

「雲って、そんなに面白いものなのかな?」

と思った。

年上の友人が、空の写真を毎日のように撮っている。

それを見て、

「一度、自分もやってみようかな」

と思ったのです。

以前の私なら、たぶんそんなことはしません。

でも、今はやってみたい。

こういうところに、私の「飽きやすさ」や「刺激を求める性質」が表れているのかもしれません。

新しいものを見ると、少しワクワクする。

これは、昔からあまり変わっていないように思います。

第2章 それなのに、私はコツコツが嫌いではない

ところが、不思議です。

私は、コツコツ続けることも嫌いではありません。

むしろ、かなり好きなのかもしれません。

そのことに気づかせてくれたのが、ブログでした。

一つの記事を書く。

また一つ書く。

その繰り返しです。

一本の記事を書いたからといって、人生が変わるわけではありません。

それでも、気がつけば記事が積み重なっていく。

外から見れば、

「よくそんなに書けますね」

と思われるかもしれません。

でも、私自身はそこまで大きなことをしている感覚がありません。

ただ、日々やっている。

それに近いのです。

スクワットもそうです。

一回やっただけでは大したことではありません。

でも、それを繰り返していく。

歩くことも、本を読むことも同じです。

一回一回は小さい。

でも、積み重なっていく。

私はどうやら、この「積み重なる」という感覚が好きなのだと思います。

第3章 刺激と積み重ねは、矛盾していないのかもしれない

ここまで考えて、少し見方が変わりました。

もしかすると私は、

「刺激が好きな人」なのではなく、「刺激を求めながら、土台も欲しい人」

なのかもしれません。

新しいことをやってみたい。

でも、生活そのものが不安定になるのは嫌だ。

変化は欲しい。

でも、自分の足元には「いつものこと」があってほしい。

そんな感じです。

だから、ルーティンがあることと、新しいことをしたいことは、必ずしも反対ではないのかもしれません。

むしろ、ルーティンがあるからこそ、新しいことに手を伸ばせる。

毎日の生活に一定のリズムがある。

その上で、

「ちょっとやってみようかな」

と、新しい方向へ動いてみる。

それなら、失敗しても戻ってこられます。

ブログを書いている。

歩いている。

スクワットをしている。

本を読んでいる。

そういう「いつもの自分」がある。

だから、その外側へ少し出てみることができる。

もしかすると、私にとってルーティンは、変化を止めるものではなく、変化するための足場なのかもしれません。

第4章 コツコツすることで、それ以外の時間も落ち着いている

もう一つ、最近感じることがあります。

コツコツとルーティンを回しているときは、その時間だけではなく、それ以外の時間も落ち着いているのです。

これが私にとって、かなり不思議なところです。

スクワットをしたから気分が上がる。

ブログを書いたから達成感がある。

もちろん、そういうこともあります。

でも、それだけではない。

「今日もやることをやっている」

という感覚が、どこかに残っている。

すると、それ以外の時間に何かをしていても、妙に落ち着いていられる。

もしかすると、

「自分には、自分の生活がある」

という感覚なのかもしれません。

仕事をしていても、仕事だけが自分ではない。

休日に何もしない時間があっても、自分が止まっているわけではない。

いつもの生活が、どこかで続いている。

その感覚があるから、安心して新しいことにも手を伸ばせる。

まだ、これは私自身にもはっきりとは分かっていません。

でも、今回ルーティンが崩れたことで、その違いを強く感じました。

まとめ

飽きやすく、刺激を求める私。

それでも、コツコツ積み上げることも嫌いではない。

もしかすると、その二つは矛盾していないのかもしれません。

いつもの自分がいるから、いつもと違うことをやってみられる。

そんな気が、今はしています。

そして最近、もう一つ気になることがあります。

以前なら少し構えていたことを、今は自然に「やってみようかな」と思える。

これは、いったい何なのでしょう。

次回は、その正体を考えてみたいと思います。

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