ヨハニログ

ル―テインは、私の人生をどこへ連れていくのだろう④~いつの間にか、できることが増えていた~

第1章 「自信がついた」とは、少し違う

一般的に「自信がつく」というと、自分の成長を実感することを思い浮かべます。

以前より筋力がついた。

文章を書くのが上手くなった。

仕事ができるようになった。

そんなふうに、「できるようになった自分」を自覚する。

でも、私が最近感じているものは、それとは少し違います。

「自分ならできる!」

という感覚ではありません。

むしろ、

「別に、やってみてもいいかな」

くらいです。

失敗するかもしれない。

うまくいかないかもしれない。

それでも、特に大きな抵抗を感じない。

だから私は、これを「自覚のない自信」と呼んでみようと思います。

自信があることを、自分では特別に意識していない。

そんな状態です。

第2章 ブログは、いつの間にか日常になっていた

この感覚を一番分かりやすく感じるのが、ブログです。

今の私がブログを書いていることを、以前の自分が見たら、

「そんなに書くの?」

と思うでしょう(笑)。

外から見れば、かなり気合いを入れて取り組んでいるように見えるかもしれません。

でも、私自身はそこまでの感覚がありません。

記事を書く。

考える。

また書く。

それを繰り返している。

ただ、それだけです。

その結果として、記事数が積み上がっていく。

つまり、私の中では「大きな挑戦」だったものが、いつの間にか「日々の営み」に変わっていたのです。

これは、今回のテーマを考えるうえで大きなヒントになりました。

続けているうちに、挑戦だったものが日常になる。

そして、日常になったものが、自分の新しい基準になっていく。

第3章 ルーティンが「可動域」を広げている?

そこで最近、私の頭に浮かぶのが「可動域」という言葉です。

体の可動域ではありません。

自分が自然に動ける範囲のことです。

例えば、今の私はInstagramで写真を撮ることにも興味を持っています。

お香や抹茶茶碗を撮ってみる。

そこから、

「雲の写真も撮ってみようかな」

「自然の写真も面白そうだな」

「早朝ウォーキングの写真をどう撮ろうか」

と考えるようになりました。

まだ雲の写真すら撮れていません(笑)。

でも、以前の私なら、そもそもそんなことを考えなかったと思います。

何か特別な能力が身についたわけではありません。

ただ、「やってみてもいいこと」の範囲が広がった。

私が感じているのは、こちらに近いのです。

第4章 静かな変化は、後から分かる

では、この変化はどこから来たのでしょう。

ブログだけではないと思います。

スクワット、ウォーキング、本を読むこと。

一つ一つは、小さなことです。

でも、それを続けていると、

「今日もやった」

「また今日もできた」

という経験が残っていく。

普段は、そんなことをいちいち意識しません。

だから、自分が変わっていることにも気づきにくい。

ところが、ある日ふと、新しいことを始めている自分に気づく。

「あれ? 以前の自分なら、こんなことをしていなかったな」

そんな瞬間がやってくる。

もしかすると、自信というものは、こういうところでも育っていくのかもしれません。

大きな達成感ではない。

明確な成長実感でもない。

気づかないうちに、自分の中の「できるかもしれない」が増えている。

それが積み重なった結果として、自然に行動できるようになる。

私は今、そんな感覚を持っています。

まとめ

ルーティンを続けていると、いつの間にか「以前の自分ならやらなかったこと」が選択肢に入ってくる。

その変化を、自分ではなかなか自覚できない。

でも、振り返ってみれば、確かに以前とは違う。

気づかないうちに、少しずつ世界が広がっている。

今の私は、そんな感覚を持っています。

そして、その先には何があるのか。

最終話では、ルーティンと「自分の人生を歩く」ということについて考えてみたいと思います。

ルーティンは、私の人生をどこへ連れていくのだろう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です