ヨハニログ

ミッドライフクライシス①~もしかして、私はミッドライフクライシスなのでは?~

1 ブログを書いていたら、「自分の人生」を考えていた

私は、このブログを始めた頃から、こんなに自分の人生について考えることになるとは思っていませんでした。

最初は、もっと単純なものでした。

ブログを書いて、副収入につながればいい。

そんな気持ちもありました。

ところが、書き続けているうちに、だんだん変わってきました。

自分は、なぜこんなことを考えるのだろう。

なぜ、こんなに人と比べてしまうのだろう。

仕事とは、何なのだろう。

自分にとっての優しさとは何だろう。

後悔とは何なのだろう。

「天職」でなくても、やっていけるのではないか。

昔はあれほど意識していた「かっこよさ」が、最近は自分の中から少しずつ消えてきているのではないか。

自分の繊細さは、一体どこへ自分を連れていくのだろう。

そして、

これから自分は、どんなふうに生きていきたいのだろう。

気がつけば、そんなことを考えていました。

ブログの記事を書いているつもりが、

自分の人生について考えていた。

そんな感覚があります。

そして最近になって、

「もしかして、これがミッドライフクライシスというものなのでは?」

と思うようになりました。

2 40代になって、初めて自分の人生を本気で考え始めた

これまでの人生でも、もちろん悩んだことはあります。

進学。

就職。

仕事。

結婚。

子育て。

人間関係。

その時々で、いろいろなことを考えてきました。

でも、40代になってからの「考える」は、少し種類が違うように感じています。

それまでは、

「次はどうするか」

を考えていたような気がします。

次の学校。

次の仕事。

次の役職。

次の生活。

目の前にあるものに対して、どう進んでいくか。

ところが40代になって、

「そもそも、私はどう生きたいのだろう?」

と考えるようになりました。

これは、意外と大きな問いです。

正解がありません。

誰かに教えてもらうこともできません。

自分で考えるしかない。

しかも、

「これまでこうしてきたから、これからもこうする」

というだけでは、何となく納得できなくなってくる。

これまでの人生を振り返りながら、

これからの人生を考える。

そんな時間が増えてきました。

もちろん、楽しいことばかりではありません。

むしろ、苦しいこともあります。

「このままでいいのだろうか」

「これからどうなるのだろう」

「自分は何をしたいのだろう」

そんなことを考え始めると、簡単には答えが出ません。

でも、最近は思うのです。

もしかすると、この時間そのものが、悪いものではないのではないか。

今まで、人生について本気で考えたことがなかった。

それが40代になって、初めて考え始めた。

そう考えると、

ミッドライフクライシスは、

「人生が悪い方向へ向かっている時間」

だけではなく、

「自分の人生を本気で考える時間が始まった」

とも言えるのではないでしょうか。

3 だったら、真正面から向き合ってみよう

もし、今の私がミッドライフクライシスなのだとしたら。

私は、それから逃げるより、

「もう、がっぷりよつで取り組んでみよう」

と思いました(笑)。

自分の心。

自分の体。

仕事。

家庭。

人間関係。

自分の性格。

これからの人生。

一つずつ考えてみる。

必要なら、やり方を変えてみる。

体がしんどければ、回復することを考える。

仕事で苦しくなれば、仕事との距離を考える。

人と比べて苦しくなれば、

「そもそも、私は何を大切にしたいのだろう?」

と考える。

そして、考えたことをブログに書く。

そうやって、一つずつ自分と向き合ってきました。

もちろん、すぐに答えが出るわけではありません。

今だって、悩むことはあります。

落ち込むこともあります。

「やっぱり、これでいいのかな?」

と思うこともあります。

でも、不思議なことに、

真正面から自分の人生と向き合っていると、少しずつ変わってくるものがありました。

以前より、自分の考えが分かるようになった。

以前より、人の価値観と自分の価値観を分けて考えられるようになった。

以前より、「私はこう思う」と言えるようになった。

そして、

「これが自分なのかもしれない」

と思えることが増えてきました。

それは、私にとって大きな変化でした。

4 「危機」の中で、少しずつ人生が良い方向へ動き始めた

ここまで来ると、私は少し不思議な感覚になります。

ミッドライフクライシス。

日本語にすると「中年の危機」です。

どう考えても、明るい言葉ではありません(笑)。

でも、私自身に起きていることを振り返ると、

その「危機」と向き合う中で、

心が少し軽くなりました。

やる気が湧いてくるようにもなりました。

将来が、以前より広がって見えるようにもなりました。

もちろん、毎日そう思えるわけではありません。

落ち込む日もあります。

悩む日もあります。

何もしたくない日だってあります。

でも、以前とは何かが違います。

深いところに、

「自分は、これから良くなっていく」

という感覚があるのです。

私はこれを、

「深海の潮流」

のようなものだと思っています。

海の表面には、波があります。

風が吹けば荒れます。

静かな日もあれば、大きく揺れる日もある。

私の毎日も、それと似ています。

落ち込む日もある。

悩む日もある。

不安になる日もある。

でも、深海まで潜ってみると、そこには静かに流れているものがある。

私の場合、それは、

「もっと良くなっていく」

という気持ちです。

「自分らしく生きていく」

という気持ちです。

「これからの人生も、まだ面白くできる」

という感覚です。

表面の波だけを見れば、

「私はまだまだダメだな」

と思う日があります。

でも、深いところでは、

「大丈夫。少しずつ良くなっている」

という潮流が流れている。

この違いは、大きいと思います。

「自分はこのまま悪くなっていく」

と思って一日を歩くのと、

「自分はこれから少しずつ良くなっていく」

と思って一日を歩くのでは、

同じ一日でも、きっと意味が違います。

そして私は今、

後者の感覚を持てるようになってきた。

それは、40代になって自分の人生と向き合い始めたからなのかもしれません。

まとめ もしかすると、これは「人生の終わり」ではない

今回、私は、

「自分はミッドライフクライシスなのではないか?」

というところから考えてみました。

正直に言えば、まだよく分かりません(笑)。

専門家でもありませんし、自分自身にそう診断をつけたいわけでもありません。

ただ、

40代になって悩んだ。

人生について考えるようになった。

これまでの生き方を振り返るようになった。

これからどう生きたいのかを考えるようになった。

そして、その過程で少しずつ自分軸ができてきた。

心が軽くなった。

やる気も出てきた。

将来が広がって見えるようになった。

そんな自分を振り返ってみると、

「これって、もしかしてミッドライフクライシスなのでは?」

と思うのです。

もしそうなのだとしたら、

私は一つのことを思います。

ミッドライフクライシスは、ただ苦しいだけの時間ではないのかもしれない。

人生の途中で立ち止まり、

「私は、これからどう生きたいのだろう?」

と初めて本気で考える。

そんな時間なのかもしれません。

そして私は今、その時間を「がっぷりよつ」でやっています(笑)。

まだ完璧ではありません。

悩むこともあります。

落ち込むこともあります。

でも、以前より自分らしくなってきた。

以前より、自分の人生を自分で歩いている感覚があります。

そして何より、

「自分はこれから、もっと良くなっていくかもしれない」

と思えるようになりました。

これは、私にとってかなり大きな変化です。

もしかすると、

ミッドライフクライシスとは、

人生が終わりに近づいていることを意識する時間ではなく、

「自分の人生を、初めて本気で考え始める時間」

なのかもしれません。

そう考えると、

「危機」という言葉の見え方も、少し変わってきます。

そして、ここまで考えてみて、私はもう一つ気になっていることがあります。

これまで、このブログで私はたくさんのことを書いてきました。

後悔について。

優しさについて。

仕事について。

自分の繊細さについて。

昔はあれほど意識していた「かっこよさ」が、最近は自分の中から少しずつ消えてきたことについて。

そして、自分の生活に仕込みを入れていくことについて。

一つひとつは別々の記事です。

でも、もしかすると。

これらは全部、同じところへ向かっていたのではないか。

そんな気がしています。

だとすれば、

これまでのヨハニログそのものが、

私が自分の人生と向き合ってきた記録なのかもしれません。

そして、そこにはまだ私自身も気づいていない「何か」があるような気がします。

次回は、そのあたりをもう少し掘り下げて、

「人生で初めて、本気で自分の人生を考え始めた」

ということについて、考えてみたいと思います。

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