ヨハニログ

ミッドライフクライシス③~人生とがっぷりよつで向き合ってみた~

1 「自分を変えなければ」から、「自分を知ろう」へ

最初は、自分を変えようとしていた

人生を整え直そうと思ったとき、最初に考えたのは、

「自分を変えなければいけない」

ということでした。

もっと強くならなければ。

もっと前向きにならなければ。

もっと頑張らなければ。

もっと上手に生きなければ。

そんなことを考えていたように思います。

でも、いろいろ考えているうちに、

少しずつ違うことに気づきました。

そもそも、

「変える前に、自分のことをちゃんと知らないのではないか?」

ということです。

「なぜ、私はこうなるのだろう?」を考えてみる

なぜ、人と比べてしまうのだろう。

なぜ、こんなに考え込んでしまうのだろう。

なぜ、仕事のことで心が揺れるのだろう。

なぜ、昔のことを何度も思い出すのだろう。

なぜ、これが好きなのだろう。

なぜ、これは嫌なのだろう。

そんな「なぜ?」を一つずつ考えていく。

すると、

「自分を変える」

というより、

「自分を理解する」

ことの方が先なのかもしれないと思うようになりました。

そして、これは思っていた以上に面白い作業でした。

今まで何十年も一緒に生きてきた自分なのに、

「あれ? 私はこんなことを大切にしていたんだ」

と、初めて気づくことがある。

そんな発見が少しずつ増えていきました。

2 自分軸が、少しずつできてきた

人と比べることが、完全になくなったわけではない

私は、人と比べることがあります。

今でもあります(笑)。

他の人がうまくいっていると、

「自分はどうなんだろう」

と思うこともあります。

誰かの考え方を見て、

「そっちの方が正しいのかな?」

と思うこともあります。

だから、

「自分軸ができました!」

と胸を張って言えるほど、完璧ではありません。

でも、

以前とは何かが違います。

「私はどう思う?」と考えられるようになった

以前なら、

「みんなはどうしているのだろう?」

から考えていたことを、

最近は、

「私はどう思う?」

から考えられることが増えてきました。

これは小さな変化のようで、

私にとってはかなり大きな変化です。

世間ではどうなのか。

一般的にはどうなのか。

誰かが何と言っているのか。

それを知ることは大切です。

でも最後には、

「で、私はどうしたいの?」

と、自分のところへ戻ってくる。

この「戻ってくる場所」が、

少しずつできてきたように思います。

自分軸は「揺れないこと」ではないのかもしれない

最近は、

自分軸というものについても少し考え方が変わりました。

以前は、

「自分軸を持っている人=何があってもブレない人」

だと思っていました。

でも、今はそうではない気がします。

人の意見を聞いて、

迷うこともある。

悩むこともある。

落ち込むこともある。

考え直すこともある。

それでも最後には、

「自分はどうしたいのか?」

に戻ってこられる。

それも、自分軸なのではないでしょうか。

そう考えると、

私も少しずつ自分軸を持てるようになってきたのかもしれません。

3 「心を軽くする」ことが、人生を前に進めることだった

頑張ることだけが、前進ではなかった

これまで私は、

前に進むということを、

「何かを頑張ること」

だと思っていたところがあります。

努力する。

成果を出す。

結果を出す。

何かを達成する。

もちろん、それも前進です。

でも、40代になってからは、

「余計なものを降ろすこと」

も前進なのではないかと思うようになりました。

人と比べすぎない。

必要以上に抱え込まない。

自分を責めすぎない。

仕事と私生活を必要以上に混ぜない。

「こうあるべき」に縛られすぎない。

そうやって、少しずつ荷物を降ろしていく。

心が軽くなると、動けるようになる

不思議なことに、

心の荷物が少し軽くなると、

「何かやってみようかな」

と思えるようになりました。

ブログもそうです。

歩くこともそうです。

本を読むこともそうです。

植物を育てることもそうです。

お茶を点てたり、

お香を焚いたり。

一見すると、

人生を大きく変えるようなことではありません。

でも、

そういう小さなことが、

「今日を少し良くする」

ことにつながっている。

そして、

今日が少し良くなる。

明日も少し良くなるかもしれない。

じゃあ、これからも少しずつ良くしていこう。

そんな感覚が生まれてきました。

これは、私にとって大きな変化でした。

4 「これから、もっと良くなるかもしれない」と思えるようになった

以前は、未来をそんなに明るく考えていなかった

40代になって、

自分の体や人生について考えるようになった頃は、

これから先のことを、

あまり明るく考えられていなかったように思います。

このまま年齢を重ねる。

体も少しずつ変わっていく。

仕事も続いていく。

子どもたちも大きくなっていく。

そして、

「自分はどうなっていくのだろう?」

そんな不安もありました。

でも、今は少し違います。

「まだ良くなれる」と思えることの大きさ

今でも不安はあります。

体調が悪い日もあります。

落ち込む日もあります。

仕事で嫌なことがある日もあります。

将来について悩むこともあります。

それでも、

深いところでは、

「自分は、これからもっと良くなっていく」

と思えるようになりました。

これが、とても大きい。

例えば、

「自分はこのまま悪くなっていく」

と思いながら今日を生きるのと、

「今日はしんどいけれど、少しずつ良くなっていく」

と思いながら今日を生きるのでは、

同じ一日でも、感じ方が違います。

私は今、

その違いを実感しています。

深海では、ちゃんと潮流が流れている

前回も少し書きましたが、

私は最近、この感覚を、

「深海の潮流」

のように感じています。

海面には、波があります。

今日は荒れているかもしれない。

明日は静かかもしれない。

落ち込むこともある。

悩むこともある。

でも、深海まで潜ってみると、

そこには静かに流れているものがある。

私の場合、それは、

「これから、もっと良くなっていく」

という感覚です。

まだ完全に回復したわけではありません。

完成したわけでもありません。

むしろ、

現在進行形です。

だからこそ、

この感覚を大切にしたいと思っています。

まとめ がっぷりよつで向き合った先に、少しずつ自分が見えてきた

今回、私自身が、

「ミッドライフクライシスなのでは?」

と思うようになってから、

実際に自分と向き合ってきた過程について書いてみました。

最初は、

「自分を変えなければ」

と思っていました。

でも、今は、

「まず、自分を知ろう」

と思うようになりました。

人と比べることもあります。

悩むこともあります。

落ち込むこともあります。

でも、

**「私はどう思う?」

と自分に問いかけられるようになってきた。**

そして、

心の荷物を少しずつ降ろすことで、

以前より心が軽くなってきた。

やってみたいことを考えられるようになった。

そして何より、

「これから、もっと良くなっていくかもしれない」

と思えるようになった。

これは、私にとって大きな変化です。

ミッドライフクライシスという言葉からは、

どうしても「危機」というイメージがついてきます。

でも、私自身の経験を振り返ると、

その「危機」の中で、

自分の人生を考え直すことができた。

そして、

自分の人生に、自分で手を入れ始めることができた。

そんな時間でもありました。

まだ途中です。

完璧ではありません。

これからも悩むでしょう。

それでも、

私は今、自分の人生とがっぷりよつで向き合っています。

そして、少しずつですが、

以前よりも自分らしく、

自分の人生を歩けるようになってきた。

そんな実感があります。

そして、ここまで自分自身を振り返ってみると、

あることに気づきます。

私は、

「自分を立て直す方法」を誰かに教えようとしているわけではありません。

ただ、

自分がどうやって立て直されていっているのかを、ここに書き残している。

このブログそのものが、

その途中経過なのかもしれません。

そして、それを続けているうちに、

私は自分でも気づかなかった自分の変化を、

少しずつ見つけるようになりました。

まるで、

自分で自分の人生の伏線を回収しているような感覚です(笑)。

次回は、その「変化」の中でも、

私自身が特に大きいと感じている、

「以前よりも、自分らしく生きられるようになってきた」

ということについて、もう少し考えてみたいと思います。

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