ヨハニログ

ミッドライフクライシス④~自分らしく生きるということ~

1 「自分らしさ」は、最初から分かっていたわけではない

「自分らしく生きよう」と言われても、よく分からなかった

「自分らしく生きる」。

よく聞く言葉です。

でも、以前の私は、

「自分らしくって、どういうこと?」

と思っていました。

自分の好きなことをすることなのか。

嫌なことをしないことなのか。

人の目を気にしないことなのか。

自分の意見を貫くことなのか。

いろいろ考えられます。

でも、今になって思うのは、

「自分らしさ」は、最初から明確に分かっているものではない

ということです。

むしろ、

「これは好きだな」

「これは違うな」

「これは無理をしていたな」

「これは自分に合っているな」

そんなことを一つずつ経験しながら、

少しずつ見えてくるものなのかもしれません。

自分を知ることが、自分らしさにつながっていく

だから最近の私は、

「自分らしく生きなければ」

とは、あまり考えなくなりました。

それよりも、

「自分は何を感じているのだろう?」

と考える。

嬉しい。

嫌だ。

楽しい。

疲れる。

落ち着く。

ワクワクする。

そんな自分の感覚を、一つずつ拾っていく。

それを続けていると、

少しずつ、

「ああ、これが自分なのかもしれない」

と思えるものが見えてきます。

2 昔の私は、「かっこよさ」をかなり意識していた

「かっこよくありたい」という気持ち

ここで、以前の記事でも書いた、

「かっこよさ」

について、もう一度考えてみたいと思います。

私は昔、

「かっこよくありたい」

ということを、かなり意識していたように思います。

仕事ができる人でありたい。

しっかりした人でありたい。

人から認められたい。

頼られる人でありたい。

弱いところを見せたくない。

そういう気持ちが、どこかにありました。

もちろん、

「かっこよくなりたい」

という気持ちは、悪いものではありません。

むしろ、それが自分を頑張らせてくれた部分もあります。

でも、

40代になって、いろいろなことを考えているうちに、

少しずつ変化が起きました。

「かっこよさ」を考えなくなってきた

昔は、

「どうしたら、かっこよく見えるだろう?」

と考えていた。

ところが最近は、

そのことをあまり考えなくなってきたのです。

最初は、自分でも少し不思議でした。

「昔の自分なら、もっと気にしていたはずなのに」

と思う。

でも、

これは「かっこよさを捨てた」ということではない。

むしろ、

「かっこよさを意識する人生になってきた」

のだと思います。

ここは、自分の中でも大きな変化でした。

3 「人から見てかっこいい」より、「自分がかっこいいと思えるか」

評価される自分から、自分が納得できる自分へ

以前は、

「人からどう見えるか」

を、かなり気にしていたのだと思います。

仕事で評価される。

頼られる。

すごいと思われる。

しっかりしていると思われる。

そういうものが、

「かっこいい自分」

につながっていた。

でも、今は少し違います。

例えば、

誰も見ていなくても歩く。

本を読む。

植物を育てる。

お茶を点てる。

お香を焚く。

ブログを書く。

そういう時間を持つ。

これらは、

人から見れば、

「それが何?」

と思われるかもしれません(笑)。

でも、

自分がいいと思える。

自分が落ち着く。

自分が楽しい。

自分が、

「こういう時間を大切にしたい」

と思える。

それでいい。

「かっこよさ」の基準が、自分の中に移ってきた

以前は、

「人から見て、かっこいいか?」

だった。

今は、

「自分から見て、かっこいいか?」

になってきた。

この違いは、かなり大きいと思います。

人から見れば、

不器用かもしれない。

遠回りかもしれない。

地味かもしれない。

でも、

自分が納得している。

自分が大切だと思っている。

自分の人生を、自分なりに歩いている。

そんな姿の方が、

今の私には「かっこいい」。

もしかすると、

これが私にとっての、

「自分らしさ」

なのかもしれません。

4 自分らしくなると、「これから」が少し楽しみになってきた

自分軸ができると、未来の見え方も変わる

自分のことが少し分かってくる。

自分が大切にしたいことも、少し分かってくる。

すると、不思議なことに、

未来の見え方まで変わってきました。

以前は、

「これからどうなるのだろう?」

という不安の方が大きかった。

でも今は、

「これから何をしようかな?」

と考えることがあります。

もちろん、不安がなくなったわけではありません。

年齢のこと。

体のこと。

仕事のこと。

お金のこと。

これから先も、いろいろな問題は出てくるでしょう。

それでも、

「自分で考えて、少しずつ整えていけばいい」

と思えるようになった。

これは、かなり大きいことだと思っています。

「もっと良くなる」と思えることが、未来を変えていく

そして、今の私にとって、

一番大きいのは、

「自分はこれからもっと良くなる」

と思えていることです。

これは、

「絶対に成功する」

という意味ではありません。

お金持ちになるとか、

大きな何かを成し遂げるとか、

そういう話でもありません。

もっと単純なものです。

昨日より少し楽になる。

去年より少し自分が分かる。

以前より少し人と比べなくなる。

自分の好きなものを少し大切にする。

そうやって、

少しずつ良くなっていく。

そんな未来を想像できる。

それだけで、

今日一日を歩く力になる気がします。

まとめ 自分らしさは、「自分の人生を自分で選んでいる感覚」なのかもしれない

今回、

「自分らしく生きる」

ということについて考えてみました。

昔の私は、

「自分らしさ」というものを、

もっと特別なものだと思っていたように思います。

でも今は、

少し違います。

自分が好きなものを知る。

自分が苦手なものを知る。

自分が大切にしたいものを知る。

そして、

人の価値観と自分の価値観を、

少しずつ分けていく。

そうやって、

「私はこうしたい」

と言えるものが増えていく。

それが、

自分らしさにつながっていくのではないでしょうか。

そして、

ここで「かっこよさ」の話に戻ります。

私は昔、

「かっこいい自分でありたい」

と強く思っていました。

でも最近は、

「かっこよく見られたい」

という気持ちが、少しずつ薄れてきた。

その代わりに、

「自分がかっこいいと思える生き方をしたい」

と思うようになった。

人から見てどうかではなく、

自分が納得できるか。

自分が大切にしたいと思えるか。

自分自身が、

「まあ、これでいいんじゃない?」

と思えるか。

そんなところに、

今の私の「かっこよさ」があります。

そして、これは、

40代になって自分の人生と向き合ったからこそ、

見えてきたものなのかもしれません。

ミッドライフクライシス。

一見すると、

「危機」です。

でも私は、その中で、

自分を知ることができた。

自分軸を少しずつ持てるようになった。

心が軽くなった。

そして、

「これからもっと良くなるかもしれない」

と思えるようになった。

そう考えると、

この時間は、

私にとって決して無駄ではありませんでした。

むしろ、

今までの人生では、あまり考えなかったことを考えるために必要な時間だったのかもしれません。

そして、ここまで来ると、

一つのことが見えてきます。

私は、ミッドライフクライシスを「乗り越えた」とは、まだ言えません。

現在進行形です。

これからも悩むでしょう。

落ち込むでしょう。

迷うでしょう。

それでも、

以前よりも、自分の人生を自分で歩いている感覚がある。

そして、

「もっと良くなれる」

と思えている。

だったら、

まだまだ先があります。

まだ、やれることがあります。

まだ、自分の人生を面白くできる。

そんなふうに思っています。

次回はいよいよ、このシリーズの最後です。

ここまで考えてきたことを全部つなげながら、

「では、ミッドライフクライシスを経験している私は、これからどこへ向かっていくのだろう?」

そして、

「こんな私でも、ここからもっと良くなっていける」

ということについて、最後に書いてみたいと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です