こんにちは、ヨハニです。
※本ページはプロモーションを含みます。
前回は、人と接すると心が揺れることについて考えてみました。
人と関われば、いろいろな刺激を受ける。
嬉しくなることもあれば、落ち込むこともある。
それ自体は悪いことではない。
むしろ、人と接するからこそ、自分では気づかなかったことに気づくこともあります。
ただ、ここで最近、もう一つ気になることがあります。
それは、
「人間は、どうしてこんなに刺激を求めるのだろう?」
ということです。
そして考えているうちに、私は「刺激」と「自分を支えてくれているもの」の違いが、少し見えてきました。
1 強い刺激は、すぐに分かる
例えば、面白い動画を見たとします。
面白い。
すぐ分かります。
美味しいものを食べても、
「美味しい!」
と、その場で分かる。
買い物をしても、欲しかったものが手に入れば嬉しい。
誰かから褒められれば、
「認めてもらえた」
という感覚をすぐに得られます。
つまり、強い刺激には分かりやすさがあります。
何かをした。
その直後に、何らかの反応が返ってくる。
だから、また欲しくなる。
これは、人間にとってかなり自然なことなのかもしれません。
そして、今はスマートフォン一つで、こうした刺激を簡単に手に入れられます。
ちょっと暇になれば動画を見る。
何となくスマートフォンを触る。
新しい情報を見る。
誰かの投稿を見る。
次から次へと刺激が入ってくる。
便利な時代です。
でも、ふと考えることがあります。
刺激が強いものほど、本当に自分に必要なものなのだろうか。
2 その場では、何も起こらないものもある
反対に、私が最近続けていることを考えてみます。
例えば、瞑想。
いざやってみると、何も考えないようにするだけで必死です(笑)。
「これで合っているのかな?」
「全然集中できないな」
「これって意味あるのかな」
そんなことを考えながら、時間が過ぎていきます。
終わっても、
「うわー、スッキリした!」
というような爽快感が、毎回あるわけではありません。
むしろ、
「……何だったんだろう(笑)」
くらいの日もあります。
でも、就寝前に瞑想をした翌朝、
「あれ? 今日は目覚めがいいな」
と感じることがある。
ただ、それが前日の瞑想のおかげなのか、たまたまなのかは分かりません。
だから一回では信じられない。
でも、同じようなことを何度か経験していると、
「そういえば、瞑想した日は調子がいいことがあるな」
と思うようになる。
そして、それが何度も続くと、
「もしかすると、これは自分には合っているのかもしれない」
という感覚に変わっていく。
どうやら、こういうものは効果が出るまでに時間差があるようです。
3 「効果がない」のではなく、「恩恵が静か」なのかもしれない
考えてみれば、読書も似ています。
一冊読んだからといって、翌朝から人生が劇的に変わるわけではありません。
80円で買った本を読んでも、
「人生が変わった!」
とは、なかなかなりません(笑)。
ブログもそうです。
一記事書いたからといって、すぐに何かが起こるわけではない。
今日書いた文章が、今日の自分を大きく変えるわけでもありません。
ウォーキングもそう。
一回歩いたからといって、何か劇的な変化が起こるわけではない。
でも、何度もやっていると、
「なんとなく、こっちのほうが調子がいい」
という感覚が出てくる。
そして、ある日ふと気づく。
「あれ? これ、結構自分を支えてくれているな」
私は最近、そんなことを考えています。
もしかすると、
「恩恵が小さい」のではなく、「恩恵が静か」なのではないか。
派手な変化がないから、気づきにくい。
すぐに結果が出ないから、価値を感じにくい。
でも、静かに積み重なっている。
そんなものが、実は私たちの日常にはたくさんあるのかもしれません。
4 そして、人はその恩恵を忘れる
ここが、少しややこしいところです。
一度、
「これ、いいな」
と分かったとしても、ずっと大切にできるとは限りません。
瞑想を続けて、
「やっぱりいいな」
と思っていたのに、いつの間にかやらなくなる。
読書も、ブログも、ウォーキングもそう。
しばらく離れてしまうことがあります。
そして、また強い刺激を求める。
新しいものを探す。
分かりやすいものに惹かれる。
でも、しばらくすると疲れて、
「そういえば、あれをやっていたときは落ち着いていたな」
と気づく。
そして、また戻ってくる。
こう考えてみると、私はどうやら、
「刺激を求める」→「静かなものに戻る」→「その恩恵を感じる」→「いつの間にか忘れる」→「また刺激を求める」
ということを、繰り返しているようです。
なんとも忙しい話です(笑)。
でも、今回ここで「これが正解だ」と結論を出したいわけではありません。
ただ、
「あれ? 自分って、こういうことを繰り返しているんだな」
と、改めて気づいた。
それだけでも、少し意味があるような気がしています。
今回、気づいたこと
今回気づいたのは、
「刺激を求めるのをやめて、静かなものを大切にすればいい」
という単純な話ではありません。
たぶん、私はこれからも刺激を求めます(笑)。
面白いものがあれば見たい。
楽しいことがあればやりたい。
新しいものにも興味がある。
それも自分の一部です。
ただ、その一方で、自分を静かに支えてくれているものもある。
そして私は、それらの恩恵を感じては忘れ、また刺激を求め、また戻ってくる。
そんなループを繰り返しているようです。
今回、そのことに改めて気づきました。
ならば、これからは少し意識してみようと思います。
「自分を静かに支えてくれているものは何だろう?」
「最近、それをちゃんと大切にしているだろうか?」
そんなふうに、自分の日常を眺めてみる。
もしかすると、それだけでも何か変わるかもしれません。
……まあ、うまくいくかどうかは別ですが(笑)。
次回は、実際に私の身の回りにある「自分を静かに支えてくれているもの」を考えながら、それらがどうやって自分軸や自分思考につながっていくのか、もう少し考えてみたいと思います。

