こんにちは、ヨハニです。※本ページはプロモーションを含みます。
今回は少年時代の自分に、今となっては語りかけてあげたいことをまとめました。
現在、同じようにリアルタイムで悩んでいる方がおられましたら、参考にしていただければ幸いです。
今から思えば、私はずいぶん長い間、あの頃のことを忘れていました。
いや。
忘れていたというより、心の奥にしまい込んでいたのかもしれません。
40代になって、自分のこれまでの人生を振り返るようになってから、ふとした瞬間に昔のことを思い出すようになりました。
その中でも、なぜか今でも鮮烈に残っている出来事があります。
それが、「電車」の記憶です。
今日は、その電車に乗っていたヨハニ少年に向けて、少しだけ手紙を書いてみようと思います。
第1章 あの頃、私は猛烈なスピードで進んでいた
中学生の頃。
私は高校受験に向けて、かなり頑張っていました。
勉強をすればするほど、成績が上がる。
できなかったことが、できるようになる。
努力した分だけ、結果が数字として返ってくる。
それが、ものすごく面白く感じました。
昨日できなかったことが、今日はできる。
以前は届かなかったところに、手が届く。
自分が前に進んでいることが、分かる。
今思えば、あの頃の私は「努力すれば成長できる」という感覚を、強烈に体験していたのだと思います。
そして、無事に高校へ進学しました。
ところが。
高校に入った私は、急に目的地を失いました。
中学生の頃は「高校に合格する」という、はっきりした目的地があった。
そこへ向かって、ひたすら走ればよかった。
でも、高校に入った瞬間、その目的地がなくなった。
周りの同級生たちは、それぞれ次の目的地へ進み始めていた。
私は私なりに進んでいる。
でも、よく見ると、どうもみんなとは違う方向へ進んでいるような気がする。
もしかすると、私は同級生たちとは真逆の方向へ進んでいるのではないか。
そんな感覚さえありました。
第2章 電車を間違えた
その頃の自分を思い返すと、頭の中に「電車」が浮かぶ。
私は、すでに電車に乗っていた。
そして、その電車は猛烈なスピードで走っている。
でも。
どうやら、乗る電車を間違えたらしい。
そんな感覚だった。
問題は、電車が走っていることではない。
途中で簡単に降りられないことだった。
そして、乗り換えればいいのかもしれないけれど、私は乗り換え方を知らなかった。
どこで降りればいいのかも分からない。
次に乗るべき電車も分からない。
周りを見ると、同級生たちはそれぞれの電車に乗って、どんどん先へ進んでいるように見える。
私は、自分も進んでいる。
確かに進んでいる。
でも、
「これ、どこへ向かっているんだ?」
という感覚だけが残っていた。
そして、毎晩のように眠りにつく前の布団の中で
「電車を間違えた」
と思っていました。
「あの頃に戻って、正しい電車に乗り直したい」
そう思っていました。
同時に、胸を締め付けられるような感覚と
体全体を覆うような焦燥感に襲われていました。
今振り返っても、かなり鮮烈な感覚だったと思います。
第3章 あの頃の私には、人生が短かった
今の私からすると、少し不思議に思います。
なぜ、あんなにも「取り返さなければ」と思っていたのだろう。
なぜ、
「今からでも何とかなる」
と思えなかったのだろう。
でも、当時の私は知らなかった。
人生が、どれくらい長いものなのか。
これから、どんな人と出会うのか。
どんな仕事をするのか。
どんな経験をするのか。
どんな失敗をするのか。
どんな場所へ行くのか。
そして、自分自身がどんな人間になっていくのか。
そんなことを知るはずもありません。
人生経験の短い少年にとって、目の前の出来事は、とても大きい。
高校時代の数年間が、人生のかなりの部分を占めているように感じる。
だからこそ、
「この電車を間違えたら、もう終わりなのではないか」
そんな感覚になっていたのかもしれません。
今なら分かります。
少年だった私にとっては、それくらい大きな問題でした。
だから、
「そんなことで悩まなくてもいい」
なんて、簡単には言えない。
それは、あの頃の私にとっては、本当に深刻なことだったのだから。
第4章 ヨハニ少年へ
ヨハニ少年。
あの頃の君は、きっと必死だったんだろうな。
自分だけが違う方向へ進んでいるように感じていた。
みんなは前に進んでいるのに、自分は間違った電車に乗ってしまった。
そして、その電車から降りる方法も、乗り換える方法も分からなかった。
そりゃ、怖かったよな。
でもね。
今の私から、一つだけ言えることがある。
人生は、君が思っているほど短くない。
あのとき乗った電車が、人生の最終目的地ではなかった。
そして、あの頃の君が「間違えた」と思っていたことも、人生が終わるような出来事ではなかった。
その後も、いろいろな電車に乗ることになる。
降りることもある。
乗り換えることもある。
ときには、どこへ向かっているのか分からないまま乗っていることもある。
そして40代になった今でも、私は全部の行き先を知っているわけではない。
たぶん、これからもそうなんだろう。
だから、あまり焦らなくていい。
あの頃の君には、まだ分からなかっただけだ。
私だって、40代になるまで分からなかったんだから。
今回、気づいたこと
あの頃の私は、
「正しい電車に乗らなければならない」
と思っていた。
でも今は、少し違う。
人生には、最初から「正しい電車」が用意されているわけではないのかもしれない。
乗ってみなければ分からない。
間違えたと思ったら、降りればいい。
別の電車に乗ればいい。
そして、もしかすると、最初は間違いだと思っていた電車が、後から振り返れば、自分に必要な道だったと思うことだってある。
少なくとも私は、今になって過去を振り返りながら、
「あの頃の自分は、間違った電車に乗った」
とだけは思わなくなった。
あのときの自分は、あのときの自分なりに、一生懸命生きていた。
それでいい。
そして、もし今、人生のどこかで「電車を間違えた」と感じている人がいるのなら。
もしかすると、その電車はまだ途中なのかもしれない。
慌てて結論を出さなくてもいい。
人生は、思っているより長い。
そして何より。
自分が乗っている電車の中で、少しくらい景色を楽しんでもいい。
ヨハニ少年。
あの頃の君にも、それを教えてあげたかったよ。

