こんにちは、ヨハニです。
※本ページはプロモーションを含みます。
前回、
「人の心を読む。だから、私は疲れる。」
という話を書きました。
ただ、「疲れる」と一言で言っても、よく考えてみると、その中身は一つではありません。
相手を心配して疲れることもあれば、がっかりして疲れることもある。
腹が立つこともあれば、自分が傷つくこともある。
そして時には、そんな自分の感情を抱えながら、
「ここは、ちゃんと声をかけた方がいいな」
と考えて対応することもあります。
今回は、そんな「疲れ」の中身について、少し細かく考えてみます。
1.「相手を傷つけてしまったのでは?」という疲れ
まず分かりやすいのが、これです。
誰かと話したあと、
「さっきの言い方、大丈夫だったかな?」
「もしかして、嫌な思いをさせてしまったかな?」
と考えてしまう。
その場では普通に話していたつもりなのに、後になって思い返す。
「別に、あんな言い方しなくてもよかったかな」
「もう少し違う伝え方があったかもしれない」
そんなふうに、自分の言動を振り返ることがあります。
これは、相手を大切にしたい気持ちから来ている部分もあると思います。
でも、それが続くと疲れます。
なぜなら、
相手の気持ちだけでなく、自分の言動まで気にし続けることになるからです。
「今の大丈夫だった?」
「これも大丈夫?」
と、自分の中で確認が続いていく。
そりゃあ疲れます(笑)。
2.相手にがっかりして、疲れる
でも、私の場合、もう一つあります。
相手のことを考えた結果、
「えっ、そんなふうに考えるの?」
と、がっかりすることがあります。
自分なりに、
「この人なら、こう考えるんじゃないかな」
と思っていた。
ところが、実際には全然違う。
それどころか、
「その考え方は、ちょっと嫌だな」
と思ってしまうこともある。
すると、がっかりする。
そして、腹が立つ。
場合によっては、傷つく。
これも私にとっては、かなり疲れることです。
相手のことを何も考えていなければ、ここまで反応しないのかもしれません。
でも私は、これまでの会話や関係性などから、
「この人は、今こう考えているのでは?」
と想像する。
そして、その想像に対して、自分の感情が動く。
ここにも、私の「疲れ」の一つがあるようです。
3.腹が立っているのに、「心ある対応」をしようとする
そして、私の場合、もう一つ厄介なものがあります(笑)。
相手に対して、
「それは腹が立つな」
と思うことがあります。
もちろん、私が相手の心を勝手に読んで判断しているだけかもしれません。
実際には、相手はそんなことを考えていないかもしれない。
それでも、自分の中には、
「これはちょっと嫌だな」
という感情が生まれている。
ところが、そんな場面で、
「でも、この人には心ある声掛けをした方がいいんじゃないか」
と思ってしまうことがあります。
ここが、また疲れる(笑)。
腹が立っている。
でも、その感情のまま対応するのも違う気がする。
だから、自分の中からもう一度、力を振り絞る。
できるだけ心ある対応をしようとする。
もちろん、いつもできるわけではありません。
できない日もあります。
それでも、
「自分ができる範囲で、より良い対応をしてみよう」
と思う。
振り返ってみると、これも私にとっては一つの「疲れ」なのだと思います。
4.疲れるのは、「感じる」だけで終わらないから
ここまで考えてみて、私は一つのことに気づきました。
私は、ただ人の気持ちを感じ取っているだけではありません。
相手の様子を見る。
↓
「こうなのでは?」と考える。
↓
自分の感情が動く。
↓
そして、「では、どう対応する?」と考える。
ここまでやっている。
つまり、
感じて、考えて、さらに行動まで選ぼうとしている。
だから疲れるのかもしれません。
だったら、
「もう考えなければいいじゃないか」
とも思います。
相手がどう思っているかなんて知らない。
腹が立ったら、そのままでいい。
嫌なものは嫌。
そうやって割り切れば、もっと楽なのかもしれません。
でも……
どうやら私は、それがあまり得意ではないようです。
人の心を感じ取ってしまう。
感情も動いてしまう。
だったら、
その後をどうするかを、自分で選ぶ。
今のところ、これが私にできることなのだと思っています。
今回、気づいたこと
「人の心を読むと疲れる」
というのは、単純に、
「人の心が分かるから疲れる」
という話ではありませんでした。
相手の様子から何かを感じ取る。
そこから自分の心が動く。
心配する。
がっかりする。
腹が立つ。
傷つく。
そして時には、
「相手を傷つけないようにしよう」
「ここは心ある対応をした方がいい」
と考える。
つまり私は、
人の心を感じ取ったあとも、自分の中でいろいろなことを続けている。
だから疲れる。
でも、ここで私は、
「じゃあ、もう人のことなんて考えないようにしよう」
とは思いませんでした。
むしろ、
「この疲れを、どう扱えばいいんだろう?」
と思ったのです。
人の心を感じ取ること自体は、たぶん簡単には変わりません。
だったら、
感じ取ったあとに、自分がどうするか。
そこを考えてみればいい。
そして、私が最近たどり着きつつあるのは、
「感情に引き込まれないようにしながら、自分で対応を選ぶ」
という考え方です。
次回は、この「選ぶ」ということについて、もう少し考えてみようと思います。
そこから先には、
「では、何を基準に選ぶのか?」
という、もう一つの問題が出てきます。
この話、どうやら思っていたより深くなりそうです(笑)。

