こんにちは、ヨハニです。
※本ページはプロモーションを含みます。
前回は、
「夫婦の時間も複利なのかもしれない」
というテーマについて書きました。
日常の小さな積み重ねが関係を育てていく。
そんなことを考えました。
今回は、
「親との時間は有限だった」
というテーマで書いてみたいと思います。
1 親はいつまでも元気だと思っていた
若い頃の私は、親が年を取ることをあまり意識していませんでした。
子どもの頃からずっとそこにいる存在。
困った時には頼れる存在。
そんな感覚だったように思います。
しかし自分が年齢を重ねるにつれて、少しずつ見える景色が変わってきました。
親も年を取る。
体力も変わる。
できることも少しずつ変わっていく。
当たり前のことなのに、なかなか実感できませんでした。
2 時間は無限ではなかった
若い頃は自分のことで精一杯でした。
仕事。
趣味。
友人との付き合い。
将来への不安。
未来のパートナーの事。
親と過ごす時間について深く考えることはありませんでした。
しかしある時から、
「親と会える回数には限りがある」
そんなことを考えるようになりました。
一年に数回しか会わないとしたら。
あと何回、一緒に食事ができるのだろう。
あと何回、会話ができるのだろう。
そう考えると、一回一回の時間の重みが変わってきました。
特に一人暮らしから自宅に帰った時の親の老いに驚いた事は今でも忘れられません。
3 特別なことは必要ない
親孝行というと、
旅行に連れて行く。
高価な物を贈る。
何か特別なことをする。
そんなイメージがあるかもしれません。
もちろん素晴らしいことだと思います。
しかし最近の私は、
それ以上に大切なことがあるように感じています。
電話をする。
メールをする。
顔を見せる。
一緒に食事をする。
近況を話す。
そんな何気ない時間です。
親が本当に望んでいるのも、案外そういう時間なのかもしれません。
4 積み重ねてきた愛情に気付く
子どもの頃は気付かなかったことがあります。
それは親が当たり前のようにしてくれていたことです。
食事を用意してくれたこと。
学校へ送り出してくれたこと。
心配してくれていたこと。
その一つ一つは小さな出来事だったかもしれません。
しかし振り返ると、それらは何十年にもわたる積み重ねでした。
今の自分があるのは、その積み重ねのおかげなのだと思います。
自分に子供が出来ると尚更、そう感じるようになりました。
子どもの頃は当たり前だと思っていたことが、今では当たり前ではなかったと分かるようになりました。
5 今できることを大切にしたい
過去は変えられません。
これから先のことも分かりません。
だからこそ、今できることを大切にしたいと思うようになりました。
会える時に会う。
話せる時に話す。
感謝を伝えられる時に伝える。
それだけでも十分意味があるのではないでしょうか。
完璧な親孝行ではなくてもいい。
今の自分にできることを積み重ねていきたいと思っています。
6 まとめ
私は最近、親との時間は有限なのだと強く感じるようになりました。
若い頃は当たり前だと思っていた時間も、実は限りあるものだったのです。
だからこそ、
会える時間。
話せる時間。
一緒に過ごせる時間。
そうした日常を大切にしたいと思います。
特別なことではありません。
しかし、その小さな積み重ねは、きっと将来の自分にとって大切な思い出になるのだと思います。
次回は、
「お酒との付き合い方も積み重ねだった」
というテーマで、お酒と人生の変化について書いてみたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
