こんにちは、ヨハニです。
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前回は、「同じ出来事でも、捉え方は違う」ということについて、今の自分なりに感じていることを書きました。
今回は、その違いはどこから生まれるのだろう、と考える中で思うようになったことを書いてみたいと思います。
1 人生観が、捉え方に影響しているのかもしれない
最近、私は一つのことを考えるようになりました。
それは、「捉え方」は突然生まれるものではなく、その人の人生観が大きく影響しているのではないか、ということです。
何を大切にして生きているのか。
どんな人生を送りたいと思っているのか。
その違いが、出来事の意味づけにも表れているような気がしています。
2 同じ出来事でも、意味は変わる
例えば、困難な出来事があったとします。
ある人は「失敗だった」と受け止めます。
またある人は「成長するための経験だった」と考えるかもしれません。
出来事は同じでも、その出来事にどんな意味を見いだすのかは、人それぞれ違います。
そして、その意味づけの背景には、それぞれの人生観があるように感じています。
3 自分は何を大切にしているのだろう
そう考えるようになってから、以前よりも自分自身へ問いかけることが増えました。
「自分は、何を大切にしているのだろう。」
「どんな人生を送りたいと思っているのだろう。」
その答えは、まだはっきりとは分かりません。
それでも、その問いを持ち続けることが、自分の捉え方を少しずつ育てているような気がしています。
4 人生観は、一日ではできない
人生観は、誰かに教えてもらって完成するものではないと思っています。
日々の出来事や経験、人との出会い、読書、そして自分自身との対話。
そうした積み重ねの中で、少しずつ形づくられていくものなのかもしれません。
だからこそ、私は今日も、自分の感じたことや考えたことを大切にしていきたいと思っています。
5 まとめ
最近の私は、「出来事」ではなく、「人生観」が捉え方に影響しているのではないか、と考えるようになりました。
もちろん、これが正しい答えだとは思っていません。
それでも、自分が何を大切にして生きているのかを考えることは、出来事の意味を見つめ直すことにつながっているように感じています。
次回は、「人生観は、どのようにつくられていくのだろう」ということについて、今の自分なりに書いてみたいと思います。
