ヨハニログ

『モンクモード』っていうカッコイイ言葉を考えてみた③~刺激は分かりやすい~

1 強い刺激は、すぐに分かる

例えば、面白い動画を見たとします。

面白い。

すぐ分かります。

美味しいものを食べても、

「美味しい!」

と、その場で分かる。

買い物をしても、欲しかったものが手に入れば嬉しい。

誰かから褒められれば、

「認めてもらえた」

という感覚をすぐに得られます。

つまり、強い刺激には分かりやすさがあります。

何かをした。

その直後に、何らかの反応が返ってくる。

だから、また欲しくなる。

これは、人間にとってかなり自然なことなのかもしれません。

そして、今はスマートフォン一つで、こうした刺激を簡単に手に入れられます。

ちょっと暇になれば動画を見る。

何となくスマートフォンを触る。

新しい情報を見る。

誰かの投稿を見る。

次から次へと刺激が入ってくる。

便利な時代です。

でも、ふと考えることがあります。

刺激が強いものほど、本当に自分に必要なものなのだろうか。

2 その場では、何も起こらないものもある

反対に、私が最近続けていることを考えてみます。

例えば、瞑想。

いざやってみると、何も考えないようにするだけで必死です(笑)。

「これで合っているのかな?」

「全然集中できないな」

「これって意味あるのかな」

そんなことを考えながら、時間が過ぎていきます。

終わっても、

「うわー、スッキリした!」

というような爽快感が、毎回あるわけではありません。

むしろ、

「……何だったんだろう(笑)」

くらいの日もあります。

でも、就寝前に瞑想をした翌朝、

「あれ? 今日は目覚めがいいな」

と感じることがある。

ただ、それが前日の瞑想のおかげなのか、たまたまなのかは分かりません。

だから一回では信じられない。

でも、同じようなことを何度か経験していると、

「そういえば、瞑想した日は調子がいいことがあるな」

と思うようになる。

そして、それが何度も続くと、

「もしかすると、これは自分には合っているのかもしれない」

という感覚に変わっていく。

どうやら、こういうものは効果が出るまでに時間差があるようです。

3 「効果がない」のではなく、「恩恵が静か」なのかもしれない

考えてみれば、読書も似ています。

一冊読んだからといって、翌朝から人生が劇的に変わるわけではありません。

80円で買った本を読んでも、

「人生が変わった!」

とは、なかなかなりません(笑)。

ブログもそうです。

一記事書いたからといって、すぐに何かが起こるわけではない。

今日書いた文章が、今日の自分を大きく変えるわけでもありません。

ウォーキングもそう。

一回歩いたからといって、何か劇的な変化が起こるわけではない。

でも、何度もやっていると、

「なんとなく、こっちのほうが調子がいい」

という感覚が出てくる。

そして、ある日ふと気づく。

「あれ? これ、結構自分を支えてくれているな」

私は最近、そんなことを考えています。

もしかすると、

「恩恵が小さい」のではなく、「恩恵が静か」なのではないか。

派手な変化がないから、気づきにくい。

すぐに結果が出ないから、価値を感じにくい。

でも、静かに積み重なっている。

そんなものが、実は私たちの日常にはたくさんあるのかもしれません。

4 そして、人はその恩恵を忘れる

ここが、少しややこしいところです。

一度、

「これ、いいな」

と分かったとしても、ずっと大切にできるとは限りません。

瞑想を続けて、

「やっぱりいいな」

と思っていたのに、いつの間にかやらなくなる。

読書も、ブログも、ウォーキングもそう。

しばらく離れてしまうことがあります。

そして、また強い刺激を求める。

新しいものを探す。

分かりやすいものに惹かれる。

でも、しばらくすると疲れて、

「そういえば、あれをやっていたときは落ち着いていたな」

と気づく。

そして、また戻ってくる。

こう考えてみると、私はどうやら、

「刺激を求める」→「静かなものに戻る」→「その恩恵を感じる」→「いつの間にか忘れる」→「また刺激を求める」

ということを、繰り返しているようです。

なんとも忙しい話です(笑)。

でも、今回ここで「これが正解だ」と結論を出したいわけではありません。

ただ、

「あれ? 自分って、こういうことを繰り返しているんだな」

と、改めて気づいた。

それだけでも、少し意味があるような気がしています。

今回、気づいたこと

今回気づいたのは、

「刺激を求めるのをやめて、静かなものを大切にすればいい」

という単純な話ではありません。

たぶん、私はこれからも刺激を求めます(笑)。

面白いものがあれば見たい。

楽しいことがあればやりたい。

新しいものにも興味がある。

それも自分の一部です。

ただ、その一方で、自分を静かに支えてくれているものもある。

そして私は、それらの恩恵を感じては忘れ、また刺激を求め、また戻ってくる。

そんなループを繰り返しているようです。

今回、そのことに改めて気づきました。

ならば、これからは少し意識してみようと思います。

「自分を静かに支えてくれているものは何だろう?」

「最近、それをちゃんと大切にしているだろうか?」

そんなふうに、自分の日常を眺めてみる。

もしかすると、それだけでも何か変わるかもしれません。

……まあ、うまくいくかどうかは別ですが(笑)。

次回は、実際に私の身の回りにある「自分を静かに支えてくれているもの」を考えながら、それらがどうやって自分軸や自分思考につながっていくのか、もう少し考えてみたいと思います。

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