こんにちは、ヨハニです。
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最近、自分にとっての「回復」について考えることが増えています。
睡眠や軽い運動などについて観察を続ける中で、ふと気づいたことがありました。
それは、私にとって読書も回復の一つなのかもしれない、ということです。
もちろん読書には知識を得るという側面があります。
しかし振り返ってみると、それだけでは説明できない感覚があります。
今回は、なぜ自分は読書をすると落ち着くのかについて、現時点での考えを整理してみたいと思います。
1 気がつくと本を読んでいた
私は子どもの頃、本が好きだった記憶はほとんどありません。
しかし大学生になってから歴史に興味を持ち、歴史小説を読むようになりました。
特に司馬遼太郎さんの作品はよく読んでいました。
また、人生について悩むことも増えた時期だったため、哲学や文学の本にも自然と手が伸びるようになりました。
その後、社会人になってからは読書量が減った時期もありましたが、30代になると今度はビジネス書や自己啓発書をよく読むようになりました。
振り返ってみると、人生のさまざまな時期に本がそばにあったように思います。
2 知識を得たいだけではない気がする
もちろん私は本から学ぶことが好きです。
知らなかった考え方に触れたり、新しい視点を得たりすることは読書の大きな魅力だと思います。
しかし最近は、それだけではないような気がしています。
休日に時間ができると本屋へ行きたくなる。
少し時間が空くと本を読みたくなる。
そんな自分を見ていると、知識を得ること以上に、本を読む時間そのものを求めているようにも感じます。
読書をしている時間は、不思議と気持ちが落ち着きます。
なぜなのかはまだよく分かりません。
それでも、自分にとって心地よい時間であることは確かです。
3 本を読むと少し違う風が入ってくる
私が読書を好きな理由の一つは、自分とは違う考え方に触れられることかもしれません。
日常生活を送っていると、どうしても同じような考え方や行動パターンになりがちです。
仕事で悩んでいるときも、同じ考えを繰り返してしまうことがあります。
そんな時に本を開くと、自分とは違う視点が入ってきます。
すぐに問題が解決するわけではありません。
それでも、少しだけ窓を開けて空気を入れ替えるような感覚があります。
読書は知識を得るというより、「新しい風に当たること」に近いのかもしれません。
4 読書は心の休憩だったのかもしれない
最近になって思うのは、私は無意識のうちに読書を休息として使っていたのではないか、ということです。
疲れている時でも本を読むことがあります。
むしろ疲れている時ほど、本屋へ行きたくなることもあります。
運動や睡眠のような回復とは少し種類が違います。
しかし、本を読んでいる時間は仕事からも離れ、日常の慌ただしさからも少し距離を取ることができます。
そう考えると、読書は私にとって心の休憩時間だったのかもしれません。
5 まとめ
今回あらためて振り返ってみて感じたのは、私は知識を得るためだけに本を読んでいたわけではないということです。
もちろん学びたい気持ちもあります。
しかしそれ以上に、本を読む時間そのものが自分を落ち着かせてくれていたように感じます。
読書は答えを与えてくれるものというより、自分の考えを整理する時間なのかもしれません。
そして今の私にとっては、睡眠や運動と同じように「回復」の一つになっているようにも感じます。
まだはっきりした結論はありませんが、これからも読書と自分との関係を観察しながら記録していきたいと思います。
