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私が続けてきた80円読書という方法㊼

1 80円だから気軽に挑戦できた

読書を続けていると、当然ながら当たりの本もあれば外れだと感じる本もあります。

新品の本だと、「失敗したくない」という気持ちが出てしまうことがあります。

しかし80円なら話は別です。

もし自分に合わなくても大きな痛手にはなりません。

そのため、

  • 普段読まないジャンル
  • 聞いたことのない著者
  • 少し難しそうな本

にも気軽に手を伸ばすことができました。

今思えば、この気軽さが読書を続けられた理由の一つだったのかもしれません。

2 私は「著者買い」をすることが多かった

80円読書でよくやっていたのが、「著者買い」です。

本のタイトルよりも、著者の名前を見て選ぶことが多くありました。

一冊読んで面白いと思った著者がいると、次はその人の別の本を探します。

すると不思議なことに、その著者の考え方や価値観が少しずつ見えてきます。

もちろん内容が重なることもあります。

それでも私は、その繰り返しが嫌ではありませんでした。

むしろ同じ考え方に何度も触れることで、自分の中に少しずつ定着していく感覚がありました。

3 本との出会いは偶然の要素が大きい

80円コーナーには、自分では探そうと思わない本が並んでいます。

だからこそ思いがけない出会いがあります。

目的を持って探す読書も良いですが、偶然見つけた一冊から新しい興味が広がることもあります。

今振り返ると、本との出会いの多くは計画的なものではありませんでした。

たまたま手に取った。

たまたま気になった。

そんな偶然から始まることが多かったように思います。

また、素敵な著者に巡り合うこともひとつの喜びです。

4 知識よりも読書習慣そのものが残った

当時読んだ本の内容を、今すべて覚えているわけではありません。

むしろ忘れていることの方が多いと思います。

それでも読書を続けてきた時間は無駄だったとは思いません。

知識そのものよりも、

  • 本を開く習慣
  • 新しい考え方に触れる習慣
  • 一人で静かに過ごす時間

こうしたものが自分の中に残ったように感じています。

読書は何かを得るためだけの行為ではなく、自分を整える時間でもあったのかもしれません。

5 まとめ

今回あらためて振り返ってみると、私にとって80円読書は節約術でも勉強法でもなく、本と気軽に付き合うための方法だったように思います。

高価な本を慎重に選ぶのではなく、興味を持ったら気軽に読んでみる。

合わなければ次へ進む。

そんな気楽さが、自分には合っていたのかもしれません。

そして今思うのは、読書によって得た知識以上に、「読書を続けてきた時間そのもの」が自分を支えてくれていたのではないかということです。

睡眠や運動と同じように、読書もまた私にとっての回復習慣の一つだったのかもしれません。

これからも読書と自分との関係について、少しずつ整理しながら記録していきたいと思います。

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