ヨハニログ

本を読むことは、いつも人生の節目にあったのかもしれない㊾

1 読書が始まったのは大学生の頃だった

私が本を読むようになったのは、大学生になってからでした。

それ以前は、正直に言うとほとんど本を読む習慣はありませんでした。

しかし大学に入り、歴史に興味を持つようになったことがきっかけで、歴史小説を読むようになりました。

特に司馬遼太郎さんの作品はよく読んでいました。

その頃は、単なる娯楽というよりも「物語を通して歴史を知る」という感覚が強かったように思います。

2 人生に悩んでいた時期と読書

大学時代は、同時に自分の人生について考えることも多い時期でした。

その中で哲学や文学の本にも自然と興味が広がっていきました。

今思うと、あの時期の読書は知識を得るためというより、

「自分の考えを整理するための時間」

だったように感じます。

答えを求めていたというより、考える材料を探していたような感覚です。

3 社会人になって読書から離れた時期

就職してからは、しばらく読書量は減りました。

仕事の忙しさもあり、本を読む時間そのものが少なくなっていきました。

ただその時期を振り返ると、外側の情報よりも、日々の業務や現実に追われていたような感覚があります。

読書から離れていたというより、「余白の時間が少なかった」のかもしれません。

4 30代で再び読書が戻ってきた

30代になると、再び本を読むようになりました。

今度は哲学や文学ではなく、ビジネス書や自己啓発書が中心でした。

月に10冊ほど読むこともありました。

この時期の読書は、大学時代とは少し違っていて、

「どう生きるか」「どう働くか」

といった現実的なテーマに近いものが多かったように思います。

同じ“読書”でも、時期によって役割が変わっていたことに、今になって気づきます。

5 振り返ると、読書は節目ごとに形を変えていた

こうして振り返ってみると、読書は常に同じ形ではなかったように思います。

大学生の頃は、世界を知るための読書。

人生に悩んでいた時期は、自分を整理するための読書。

30代は、現実をどう乗り越えるかのための読書。

そして今は、落ち着くための読書。

その時々で役割は変わっていましたが、なぜか完全に途切れることはありませんでした。

6 まとめ

今回あらためて振り返ってみて感じたのは、読書は特別な趣味というよりも、人生の節目ごとに自然と戻ってくるものだったということです。

意識して続けていたというより、必要な時期に自然と戻ってきたような感覚に近いかもしれません。

そして今は、知識や成果のためというよりも、「自分を落ち着かせるための時間」として読書があるように感じています。

これからも読書との関係は変わっていくかもしれませんが、その変化も含めて記録していきたいと思います。

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