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大学時代、アイデンティティが崩れた時に歴史小説に救いを求めていた 51

1 高校から大学へ、価値観が一度崩れた時期

私は高校では進学校の理数系に通っていました。

しかしある時期から、うまく言葉にできないまま人生の意味のようなものが分からなくなり、そこで一度大きくつまずきました。

その結果、大学はいわゆる進学校とは違う、かなりランクの下がった文系に進学することになりました。

浪人はしたくなかったという理由が大きく、それ以外に明確な動機はありませんでした。

今振り返ると、その頃の自分は「これまでの自分」をうまく保てなくなっていた時期だったように思います。

2 自分の軸が分からなくなっていた感覚

当時の私は、自分でもはっきり説明できないまま、「何かを失ったような感覚」を持っていました。

それが何なのかは明確ではありませんでしたが、
自分がどこに向かえばいいのか分からない状態だったと思います。

いわゆるアイデンティティのようなものが、かなり揺らいでいた時期だったのかもしれません。

3 生きる指針のようなものを求めていた

そのような状態の中で、私はどこかで「生きる指針のようなもの」を求めていたように思います。

考え方の軸のようなものが欲しかったのかもしれません。

もともと歴史が好きだったこともあり、自然と歴史小説に手が伸びるようになりました。

また、ゲームでも『信長の野望』のような歴史シミュレーションを好んで遊んでいたことも関係していたと思います。

4 司馬遼太郎作品との出会い

その中でも特に印象に残っているのが、司馬遼太郎の歴史小説でした。

そこに出てくる人物たちは、それぞれ強い意志や熱を持って生きていました。

自分に自信が持てず、軸を見失っていた当時の自分にとって、その姿はとても印象的だったように思います。

特に幕末を描いた作品には強く影響を受けました。

5 山口県への一人旅

本を読んでいるうちに、物語の舞台となった場所を実際に見てみたくなり、山口県へ一人で旅をしたこともありました。

本の中の出来事と、現実の風景が少しだけ重なったような感覚がありました。

あの時の体験は、今でも印象に残っています。

6 歴史の中の「熱」に触れていた感覚

戦国時代や幕末を生きた人たちの生き方に触れることで、自分の中で止まっていたものが少しずつ動き始めたような感覚がありました。

それは明確な答えというよりも、
「こういう生き方もあるのかもしれない」という感覚に近いものでした。

7 茶道との出会いと“わびさび”

同じ頃、茶道の世界にも興味を持つようになりました。

高校生の頃から陶器が好きだったこともあり、戦国時代に広がった茶の湯文化にも自然と惹かれていきました。

そこには「わびさび」という静かな美意識があり、歴史の中の“熱”とはまた違う方向で、自分の内面に影響を与えていたように思います。

静けさの中にある価値のようなものに、どこか安心感を覚えていました。

8 今振り返って思うこと

今思えば、あの時の自分は「正解」を探していたというよりも、
崩れてしまった自分をどう扱えばいいのか分からず、その居場所のようなものを探していたのだと思います。

司馬遼太郎の小説や歴史の人物たちは、その時期の自分にとってひとつの拠り所のような存在でした。

すぐに何かが劇的に変わったわけではありませんが、
少しずつ自分の見え方が変わっていく感覚はありました。

おわりに

今の私は読書を習慣として続けていますが、その原点にはこの時期の経験があります。

振り返ってみると、人生の節目のような時期には、いつも何かしらの本が関わっていたようにも感じます。

それは意図したものではありませんでしたが、結果として自分にとって必要なものだったのかもしれません。

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