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高校時代、最初の違和感は「人生の意味がわからない」だった 57

1 進学校に入学した頃

私は高校時代、進学校に通っていました。

理数系のクラスで、周囲には勉強ができる人たちがたくさんいました。

当時は大学進学を目指して勉強することが当たり前の環境でした。

私自身も特別な疑問を持つことなく、その流れの中にいました。

しかし、ある時から少しずつ違和感を感じるようになりました。

2 人生の意味がわからなくなった

今でもはっきり説明できるわけではありません。

ただ当時の私は、

「何のために勉強しているのだろう」

「何のために大学へ行くのだろう」

そんなことを考えるようになりました。

もちろん周囲には目標を持って努力している人もいました。

しかし私は、その流れにうまく乗ることができませんでした。

勉強そのものというより、

人生そのものの意味がわからなくなっていたのだと思います。

3 自信を失っていった時期

その頃から、少しずつ自信も失っていきました。

以前は当たり前にできていたことができなくなる。

周囲と自分を比べる。

焦る。

さらに自信を失う。

そんな繰り返しだったように思います。

当時は違和感という言葉で整理していませんでした。

ただ、何かが噛み合わない感覚だけは強くありました。

4 大学進学も消極的な選択だった

結果として私は文系の大学へ進学しました。

正直に言うと、強い志望理由があったわけではありません。

浪人はしたくない。

その気持ちが大きかったように思います。

今振り返ると、自分が何をしたいのか分からないまま進学したとも言えます。

だからこそ、大学時代に本を読み始めたのかもしれません。

何か指針になるものを探していたのだと思います。

5 今振り返って思うこと

当時は苦しい時期でした。

できれば思い出したくないと思っていた時期でもあります。

しかし40代になった今、少し違う見方ができるようになりました。

あの時の違和感は、単なる挫折ではなかったのかもしれません。

人生について考え始めるきっかけだったとも言えます。

もちろん当時の自分には分かりませんでした。

ただ、その後の読書や人生の模索につながっていったことを考えると、あの違和感が最初の出発点だったような気がしています。

6 まとめ

高校時代の私は、人生の意味がわからなくなり、自信も失っていました。

当時は苦しさしか感じていませんでしたが、今振り返ると、それが人生で最初に強く感じた違和感だったように思います。

そして、その違和感は大学時代の読書や、その後の人生の模索へとつながっていきました。

次回は、大学時代に本の世界へ入り込み、「同じ悩みを持つ人」を探していた頃について振り返ってみたいと思います。

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