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大学時代、本の中に違和感の答えを探していた 58

1 大学に入っても違和感は消えなかった

高校時代の私は、自信を失いながら大学へ進学しました。

大学に入れば何か変わるかもしれない。

そんな期待がなかったわけではありません。

しかし実際には、大学へ入ったからといって違和感が消えることはありませんでした。

むしろ、

「自分はどう生きていきたいのだろう」

という問いは、以前より強くなっていたように思います。

2 歴史小説に惹かれた理由

大学時代、私は歴史小説をよく読んでいました。

もともと歴史は好きでしたし、ゲームも好きでした。

自然な流れだったとも言えます。

しかし今振り返ると、それだけではなかったように思います。

特に歴史小説の登場人物たちは、自分なりの信念を持って生きていました。

戦国時代や幕末という激動の時代の中で、自分の役割や生き方を模索している人物たち。

当時の私は、そうした姿に強く惹かれていました。

自信を失っていた自分にとって、彼らの熱さは眩しく見えたのかもしれません。

3 哲学や文学にも手を伸ばした

やがて歴史小説だけではなく、哲学や文学も読むようになりました。

今思えば、

「同じような気持ちの人はいるのだろうか」

という思いがあったように感じます。

現実の世界では出会えなくても、

本の中なら見つかるかもしれない。

そんな感覚でした。

詩の中に。

小説の中に。

哲学者の言葉の中に。

同じように悩み、考えた人たちを探していたのだと思います。

4 本だけではなく、実際に動いてもいた

当時は本を読むだけではありませんでした。

歴史小説の影響を受けて山口県へ一人旅に行ったこともありました。

また、四国八十八か所巡礼の本を読み、実際に四国を訪れたこともあります。

その時は、

「何かが変わるかもしれない」

と思っていました。

しかし正直なところ、劇的な変化があったわけではありません。

それでも今振り返ると、自分はただ本の世界に閉じていたわけではなかったように思います。

本を読みながら、自分なりに行動もしていました。

5 今振り返って思うこと

大学時代の私は、違和感の答えを探していたのだと思います。

しかし本当に求めていたのは、答えそのものではなかったのかもしれません。

同じように悩んだ人。

同じように迷った人。

そして、それでも生きていった人。

そういう存在を探していたような気がします。

だから歴史小説も読んだ。

哲学も読んだ。

文学も読んだ。

旅にも出た。

今になって思うのは、それらはすべて違和感と向き合うための行動だったのかもしれません。

6 まとめ

大学時代の私は、本の中に違和感の答えを探していました。

しかし振り返ると、答えを探していたというより、

「同じように悩みながら生きた人たち」

を探していたようにも思います。

その違和感が完全に解決することはありませんでした。

ただ、その後の読書や仕事、そして現在の回復につながる土台になっていたような気がしています。

次回は、社会人になり、仕事に向き合う中で感じた違和感について振り返ってみたいと思います。

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