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40代の今、違和感は敵ではなくサインなのかもしれない 60

1 昔は違和感を消そうとしていた

若い頃の私は、違和感を良いものだとは思っていませんでした。

むしろ不快なものでした。

落ち着かない。

答えが出ない。

前に進めない。

だから早く解決したいと思っていました。

本を読んだのも、旅に出たのも、仕事について考え続けたのも、どこかで違和感を解消したかったからだったように思います。

2 違和感は簡単には消えなかった

しかし現実には、違和感はそう簡単には消えませんでした。

ひとつ解決したと思っても、また別の形で現れる。

環境が変われば、新しい違和感が生まれる。

振り返ると、人生から違和感が完全になくなった時期はなかったように思います。

3 40代になって考え方が少し変わった

最近になって、違和感に対する考え方が少し変わってきました。

違和感があること自体を悪いことだと思わなくなったのです。

もちろん苦しいこともあります。

迷うこともあります。

ただ、

「なぜ自分はここに違和感を感じているのだろう」

と考えるようになりました。

すぐに答えを出そうとするのではなく、少し観察するような感覚です。

4 違和感はサインなのかもしれない

今のところ明確な答えはありません。

ただ一つ感じているのは、違和感は何かを教えてくれている可能性があるということです。

今の考え方に無理があるのかもしれない。

生活のバランスが崩れているのかもしれない。

本当に大切なことから離れているのかもしれない。

違和感は、そうしたことを知らせるサインのようにも思えます。

5 回復との関係

最近は回復について考えることが増えました。

運動。

睡眠。

読書。

生活習慣。

そうしたものを見直していく中で感じるのは、回復とは単に疲れを取ることではないということです。

自分の感覚を取り戻していくこと。

自分の状態に気づけるようになること。

そうした面もあるように思います。

そして違和感もまた、自分の状態を知るための大切な感覚なのかもしれません。

6 今振り返って思うこと

高校時代、私は人生の意味がわからなくなりました。

大学時代は本の中に答えを探しました。

30代は仕事の中で模索を続けました。

そして40代になった今も、まだ完成された答えを持っているわけではありません。

ただ一つ言えるのは、違和感があったからこそ立ち止まり、考え、少しずつ方向を修正してきたということです。

そう考えると、違和感は敵ではなかったのかもしれません。

7 まとめ

人生を振り返ると、違和感はいつも厄介な存在でした。

しかし同時に、自分を動かしてきた存在でもありました。

今の私は、違和感を無理に消そうとはしていません。

その代わり、

「なぜそう感じるのだろう」

と考えるようになりました。

まだ途中です。

これからも違和感は現れると思います。

ただ、その時は以前のように慌てて答えを探すのではなく、自分なりに観察しながら付き合っていきたいと思っています。

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