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私は一体、何になりたかったのだろうか③ 認められたかったのかもしれない 93

1 認められたい気持ちは誰にでもある

私は長い間、

「認められたい」という気持ちをあまり意識していませんでした。

むしろ、

そんな気持ちは持たない方が良いと思っていたくらいです。

ですが振り返ってみると、

仕事でも、

人間関係でも、

何かを頑張る時でも、

心のどこかで認められたいと思っていたような気がします。

それは特別なことではなく、

誰にでもある自然な気持ちなのかもしれません。

2 評価されることで安心したかった

当時の私は、

評価されることで安心しようとしていた部分がありました。

仕事で結果を出せば安心できる。

誰かに褒められれば安心できる。

認められれば自分には価値があると思える。

そんな考え方をしていたように思います。

だから評価されると嬉しく、

逆に思うような評価が得られないと落ち込んでいました。

3 他人の評価は変わり続ける

しかし最近になって気づいたことがあります。

他人の評価は常に変わるということです。

高く評価される日もあれば、

そうではない日もあります。

人によって見方も違います。

それなのに、

自分の価値を他人の評価だけで決めようとすると、

どうしても不安定になってしまいます。

私はそのことに少しずつ気づき始めました。

4 本当に欲しかったもの

では、

私が本当に欲しかったものは何だったのでしょうか。

認められることだったのでしょうか。

もちろん、それもあったと思います。

ただ最近は、

認められることそのものではなく、

「自分は大丈夫だ」と思える感覚を求めていたのではないか。

そんな気がしています。

5 まとめ

今回は、

「認められたかったのかもしれない」

というテーマについて考えてみました。

私は認められることで安心しようとしていたのかもしれません。

しかし他人の評価だけでは、

本当の安心は得られないようにも感じています。

次回は、

「安心したかったのかもしれない」

というテーマで考えてみたいと思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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