ヨハニログ

情熱がなくなったわけではない

1 今まで、情熱を持って走ってきた

振り返ってみると、自分はこれまでかなり“熱量”で動いてきた気がします。

もっと成長したい

もっと前に進みたい

もっと良くしたい

そんな感覚を持ちながら、ずっと走ってきました。

もちろん、無理をしすぎた部分もあったと思います。

でも、その時の情熱自体は、自分にとって大切なものだったとも感じています。

だから最近、「無理をしない」とか、「休むことが大事」と考えるようになっても、

「もう頑張りたくない」

という感覚とは少し違います。

2 ただ、今までと同じ燃やし方では続かない

最近感じているのは、「情熱がなくなった」のではなく、

「今までと同じ燃やし方では続かない」ということです。

以前は、多少無理をしてでも前に進むことができました。

気合で押し切る。

休まず動く。

多少削られても走り続ける。

でも40代になってからは、そのやり方を続けるほど、回復が追いつかなくなってきました。

頭も疲れる。

体も戻らない。

気づかないうちに、常に少し消耗している。

そんな感覚があります。

3 今は一度、立ち止まる時期なのかもしれない

だから最近は、「もっと頑張らなければ」と無理にアクセルを踏むより、

一度立ち止まって、心身を整えることの方が大切なのではないか、と感じています。

ただ、それは「諦め」とは少し違います。

むしろ、

この先も長く動き続けるために、

一度、戦い方を見直している感覚に近いのかもしれません。

今までのように、消耗を前提に走り続けるのではなく、

回復できる形で進む

無理を前提にしない

長く続けられる形を探す

そんな方向へ、少しずつ変わってきています。

4 情熱の向け先を模索している

最近は、「何を頑張るか」より、「どこに情熱を向けるか」を考えることが増えました。

以前のように、とにかく全力で走るのではなく、

自分にとって本当に大事なものは何か

どこに力を使いたいのか

どういう形なら長く続けられるのか

そんなことを、少しずつ考えるようになっています。

まだ答えは出ていません。

今も試行錯誤の途中です。

まとめ

最近は、「疲れ」や「消耗」について考えることが増えました。

でも、自分の中では、「情熱がなくなった」という感覚ではありません。

むしろ、

今までずっと走り続けてきたからこそ、

この先も長く進むために、

一度立ち止まり、戦い方を見直す時期に入ったのかもしれません。

今はまだ、次にどこへ向かうのかを模索している途中です。

ただ、「まだ終わりたくない」という感覚だけは、今も自分の中に残っています。

そして最近、ふと思うことがあります。

それは、もしかすると定年後の方も、少し似た感覚を持つことがあるのかもしれない、ということです。

今まで仕事や役割に向けていた情熱を、

これからどこへ向けていくのか。

どういう形で生きていくのか。

そういうことを考える時期が、人生のどこかで訪れるのかもしれません。

最近は、自分がその感覚を少し早めに考え始めているような気もしています。

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