ヨハニログ

ランニングから少しずつ離れた理由㉙

1 「気持ちの良さ」だけでは続かなくなっていた

ランニングは、走った直後の爽快感がとても大きい運動でした。

ただ、その一方で「始めるまでの重さ」も少しずつ感じるようになっていました。

特に仕事で疲れている日ほど、その傾向は強くなっていきました。

走れば気持ちいいと分かっているのに、なかなか体が動かない。

このギャップが、以前よりも大きくなっていった感覚があります。

2 身体のサインに気づくようになった

ランニング中に、立ち止まった瞬間ふらつくような感覚が出ることがありました。

特に信号待ちなどで急に止まった時に、軽い眩暈のようなものを感じることがありました。

振り返ると、その多くは睡眠不足の日や、ストレスが強い時に起きていたように思います。

当時は深く考えていませんでしたが、今思うと「無理が重なっていたサイン」だったのかもしれません。

3 やめるのではなく、“距離を置く”という選択

完全にやめる、という感覚ではありませんでした。

どちらかというと、「少し距離を置いてみる」という感覚に近いものでした。

走ること自体が嫌いになったわけではありません。

ただ、その時の自分の状態には少し負荷が強いと感じるようになっていきました。

無理に続けるよりも、一度ペースを落とした方がいいのではないか。

そんな判断に変わっていきました。

4 ウォーキングで戻ってきた“ちょうどよさ”

今はウォーキングが中心になっています。

ウォーキングは、準備がほとんどいりません。

思い立ったときに、そのまま外へ出られる。

この軽さが、今の自分にはとても合っています。

歩いていると、頭の中が少しずつ静かになっていきます。

何かを解決するというより、「考えすぎから離れる時間」に近い感覚です。

ランニングのような強い達成感ではなく、もっと穏やかな“整う感じ”があります。

5 続けられる形に変わっただけ

今の自分にとっては、ウォーキングの方が続けやすい形でした。

運動量が減ったというより、「続けられる形に変わった」という感覚に近いです。

40代になって感じるのは、運動は“強さ”よりも“継続できる形”の方が大事だということです。

以前は、

① しっかり走ること

② しっかり疲れること

③ しっかり達成感を得ること

に価値を置いていました。

今はそれよりも、

① 無理なく続くこと

② 日常に溶け込むこと

③ 気持ちが整うこと

の方がしっくりきています。

まとめ

ランニングをやめたというよりも、少し距離を置いた結果として、今の形に落ち着いたという感覚です。

昔は走ることで気持ちを整えていましたが、今は歩くことで整っている時間が増えました。

どちらが正しいというよりも、その時の自分に合う形が変わっていっただけなのかもしれません。

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