こんにちは、ヨハニです。
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前回は、私にとっての「取り繕う」とは、「他人から評価される理想の自分を目指そうとすること」だったのではないか、という話を書きました。
今回は、その「理想」について考えてみたいと思います。
1 理想は一つではない
私は長い間、「理想の自分」を目指すことは良いことだと思っていました。
もちろん、今でもその考えは変わっていません。
しかし最近、一つ気づいたことがあります。
それは、「理想」と一言で言っても、実はいくつもの種類があるのではないか、ということです。
例えば、
「他人から評価される理想」
もあれば、
「自分が心から望む理想」
もあります。
以前の私は、この二つを同じものだと思っていました。
しかし今は、少し違うのではないかと感じています。
2 理想が遠すぎると感じた理由
以前の私は、
「今の自分」と「理想の自分」の差は、努力によって埋められると思っていました。
努力することは、今でも大切です。
ただ、ある時から違和感を覚えるようになりました。
理想に近づいているという実感が、どうしても持てなかったのです。
それは努力が足りなかったからではなく、
「その理想までの道筋が、自分には見えていなかった。」
ということだったのかもしれません。
もしかすると、その理想は、自分の内側から生まれたものではなく、「こうあるべき」という思いから作られたものだったのではないか。
そんなことを考えるようになりました。
3 他人の評価は変えられない
もう一つ、大きな変化がありました。
私は以前、「評価される理想」を目指していました。
しかし最近になって、
「他人の評価は、自分では変えられない。」
という、ごく当たり前のことを改めて感じるようになりました。
昔から、
「人の口に戸は立てられぬ」
という言葉があります。
人には、それぞれの考え方があります。
誰かに評価されることもあれば、そうでないこともあります。
もし、その評価だけを基準に生きようとすると、自分ではどうにもならないものを追い続けることになってしまいます。
そのことに気づいた時、「理想の基準」を見直してもいいのではないか、と思うようになりました。
4 これから考えたい理想
今、私が考えたいのは、
「他人からどう見られるか。」
ではありません。
もちろん、人との関わりはこれからも大切にしたいと思っています。
ただ、それ以上に考えたいのは、
「私は、どんな時に心地よく生きられるのだろう。」
「私は、どんな環境なら自然に力を発揮できるのだろう。」
ということです。
その答えは、まだ見つかっていません。
でも、その問いを持つようになったこと自体が、私にとっては大きな変化なのだと思っています。
まとめ
以前の私は、「理想」と聞くと、一つしかないように思っていました。
しかし今は、
「評価されるための理想」
と、
「自分が心から望む理想」
は、必ずしも同じではないのではないか、と考えるようになりました。
今回の気づきが正しいかどうかは、まだわかりません。
ただ、この問いを持ったことで、私はこれまでとは少し違う方向を見始めているような気がしています。

