こんにちは、ヨハニです。
※本ページはプロモーションを含みます。
前回は、言葉は人に向ける前に、自分自身へ届いているのかもしれないということについて書きました。
今回は、一つの言葉をじっくり考えるようになって気づいたことを書いてみたいと思います。
1 一つの言葉に立ち止まる
以前の私は、言葉を「使うもの」としか考えていませんでした。
意味が伝われば、それで十分。
そんな感覚だったように思います。
しかし最近は、一つの言葉に立ち止まることが増えました。
「この言葉には、どんな意味があるのだろう。」
「私は、なぜこの言葉が気になったのだろう。」
そう考えていると、一つの言葉からさまざまなことが見えてきます。
2 辞書には載っていない意味
もちろん、言葉には辞書の意味があります。
それはとても大切です。
でも、人それぞれの経験によって、同じ言葉でも受け取り方は少しずつ違います。
例えば、私が「取り繕う」という言葉について考えたときも、辞書の意味を知るだけでは終わりませんでした。
自分自身の経験を重ね合わせながら考えてみると、その言葉は以前とは違った意味を持つようになりました。
言葉には、辞書だけでは表せない、その人だけの物語があるのかもしれません。
3 言葉は人生を振り返る入り口になる
一つの言葉について考えていると、不思議なことがあります。
気づけば、言葉ではなく、自分自身について考えているのです。
「あの頃の私は、なぜそう感じたのだろう。」
「あの出来事は、自分に何を残したのだろう。」
そんなふうに、言葉が人生を振り返る入り口になっていることがあります。
だから私は、言葉について考える時間が好きになりました。
言葉を見つめているようで、自分自身を見つめている時間でもあるからです。
4 まとめ
最近の私は、一つの言葉を深く考える時間を大切にしています。
何気なく使っている言葉にも、その人なりの経験や価値観が込められているように感じるからです。
言葉を知ることは、知識を増やすことだけではありません。
自分自身を知ることにもつながっているのだと思います。
これからも、一つひとつの言葉と丁寧に向き合いながら、その先にある気づきを大切にしていきたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
