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完璧者から挑戦者に変わった話①~完璧であることが、自分の価値だと思っていた~136

1 完璧であることを求めていた頃

私は仕事に対して、とても強いこだわりを持っていました。

自分の考えや思いを仕事でしっかり表現したい。

自分が納得できるクオリティーまで仕上げたい。

そして、任された仕事は完璧にやり遂げたい。

そんな気持ちで仕事に向き合っていたように思います。

もちろん、その姿勢自体が悪いことだとは今でも思っていません。

むしろ、そのこだわりがあったからこそ、成長できたことや身についたこともたくさんありました。

2 自分を犠牲にしてでも、理想を追い求めていた

しかし、当時の私は、その完璧さを保つために自分を犠牲にすることを当たり前のように受け入れていました。

サービス残業をする。

休日に仕事のことを考える。

早朝から夜遅くまで仕事をする。

時には休憩時間も仕事に使う。

そして、周りのメンバーにも同じように求めていたように思います。

そうすることで、自分が求めるクオリティーを保っていました。

その頃の私は、それが当然のことだと思っていました。

むしろ、そこまでやって初めて「仕事をやり切った」と感じていたのかもしれません。

3 できていない自分を許せなかった

完璧主義の一番苦しいところは、「できていない自分」をなかなか認められないことなのかもしれません。

少しでも思うようにできなかった。

もっとできたはずなのに。

なぜ最後までやり切れなかったのか。

そんなことを何度も考えていました。

そして、できなかった部分ばかりに目を向けて、自分を責めてしまうこともありました。

今振り返ると、私は「完璧であること」と「自分の価値」をどこかで結びつけていたような気がします。

だからこそ、できない自分を受け入れることが、とても難しかったのだと思います。

4 完璧主義は、自分を支えてくれた一方で、自分を苦しめてもいた

完璧主義だったからこそ、得られたものはたくさんありました。

仕事への責任感。

最後までやり切ろうとする姿勢。

より良いものを目指す気持ち。

その一方で、自分自身を追い込み、苦しくしていた部分もあったように思います。

当時の私は、そのことに気づいていませんでした。

ただ、「もっとできるはずだ」と、自分に求め続けていたのです。

まとめ

私は長い間、完璧であることを目指して仕事をしてきました。

そして、それが自分の価値でもあるように感じていました。

しかし、その考え方は、知らないうちに自分自身を追い込み続けていたのかもしれません。

今振り返ると、あの頃の私は、一生懸命だったからこそ、自分を大切にすることを少し忘れていたような気がします。

そして、これからの私の働き方や生き方を考える上で、この「完璧主義」という考え方を見つめ直すことが、一つの大きなきっかけになっていきました。

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