こんにちは、ヨハニです。
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前回は、学生の頃から今まで、自分を知るためにたくさんの種を植えてきたという話を書きました。
今回は、その「種」について、もう一つ思うことがあります。
それは、すべての種が芽を出すわけではない、ということです。
1 育たない種もある
私はこれまで、いろいろなことに興味を持ち、たくさんのことに挑戦してきました。
でも、そのすべてが続いたわけではありません。
途中で興味が薄れてしまったもの。
思っていたものと違ったもの。
自分には合わないと感じたもの。
振り返ってみれば、芽が出なかった種もたくさんあります。
昔の私は、そんな自分を少し責めていました。
「最後まで続けられなかった。」
「また中途半端になってしまった。」
そんなふうに考えていた時期もあります。
2 でも、それは失敗ではなかった
最近になって思うのです。
芽が出なかったからといって、その種は失敗だったのでしょうか。
私は、そうは思いません。
なぜなら、その経験によって、
「これは違う。」
「これは自分には合わない。」
ということを知ることができたからです。
自分に合うものを見つけるためには、自分に合わないものを知ることも必要なのかもしれません。
そう考えると、芽が出なかった種にも意味があったのだと思います。
3 育たないことを知っていたからこそ
思い返してみると、私は学生の頃から、どこかでそのことを感じていたような気がします。
人生には、うまくいかないことがある。
一生懸命やっても、思うような結果にならないことがある。
植えた種が、すべて育つわけではない。
私は、そのことを何となく知っていました。
だからこそ、今はこう思っています。
大切なのは、「必ず育つ種」を探すことではなく、「まず植えてみること」なのではないか、と。
育つかどうかは、あとになってみなければ分かりません。
でも、植えなければ、何も始まりません。
4 それでも、私は種を植えたい
芽が出ないかもしれない。
途中でやめてしまうかもしれない。
思っていたものと違うかもしれない。
それでも、私はこれからも種を植えていきたいと思っています。
なぜなら、その経験そのものが、自分を知ることにつながっているからです。
もしかすると、人生とは、育つ種を探す旅ではなく、さまざまな種を植えながら、自分自身を知っていく旅なのかもしれません。
5 まとめ
私は、芽が出なかった種を、失敗だと思っていた時期がありました。
でも今は、そうは思いません。
育たなかったこと。
続かなかったこと。
自分には合わなかったこと。
それらもまた、「自分とは何者なのか」を教えてくれた大切な経験でした。
これからも、育たない種に出会うことがあるでしょう。
それでも私は、また新しい種を植えていきたいと思います。
なぜなら、その一つひとつが、自分を知るための大切な一歩になると信じているからです。

