こんにちは、ヨハニです。
※本ページはプロモーションを含みます。
最近、ふと気づいたことがあります。
私は昔から、人生の中でたくさんの「種」を植えてきたのではないか、ということです。
そして、それは学生の頃も、今も変わっていません。
1 なぜ、いろいろなことをしていたのか
学生時代を振り返ると、私はとても活動的でした。
ボランティア活動に参加したり、一人旅に出たり、四国八十八か所を巡ったり、サークルやクラブに入ってみたり。
今思えば、「なぜ、あんなにいろいろなことをしていたのだろう」と不思議に思うことがあります。
当時は明確な答えを持っていたわけではありません。
ただ、心のどこかで、
「自分は何が好きなのだろう。」
「何に興味を持つ人間なのだろう。」
「何を大切に思っているのだろう。」
「本当はどう生きたいのだろう。」
そんなことを知りたかったのかもしれません。
2 自分を知るための種まき
最近になって思うのです。
あの頃の私は、「自分探し」をしていたというよりも、「自分を知るための種まき」をしていたのではないか、と。
いろいろな場所へ行く。
いろいろな人と出会う。
いろいろな経験をしてみる。
その一つひとつが、自分という人間を知るための小さな実験だったような気がします。
もちろん、すべての種が芽を出したわけではありません。
思ったほど興味が続かなかったこともありました。
自分には合わないなと思ったこともありました。
それでも、その経験が無駄だったとは思いません。
なぜなら、「これは違う」と知ることもまた、自分を知ることだからです。
3 今も、私は種を植えている
そして面白いことに、今の私も同じことをしています。
ブログを書くこと。
本を読むこと。
ウォーキングをすること。
自分との対話を続けること。
以前のように遠くへ旅をする機会は減ったかもしれません。
でも、形を変えながら、私は今もたくさんの種を植えています。
もしかすると、人は何歳になっても、
「自分は何者なのか。」
「何をすると心が動くのか。」
を知りたい生き物なのかもしれません。
4 まずは、種を植えてみる
最近、私はこう思っています。
人生では、水をやることも大切ですが、それ以上に大切なのは、「種を植えること」なのではないか、と。
興味を持ったこと。
少し気になったこと。
やってみたいと思ったこと。
私たちは案外、自分のそうした小さな気持ちに冷たく接してしまいます。
「どうせ無理だろう。」
「今さら遅い。」
「意味がないかもしれない。」
そうやって、種を植える前に諦めてしまうことがあります。
でも、本当に育つかどうかは、植えてみなければ分かりません。
だから私は、これからも種を植えていきたいと思っています。
学生の頃も、そして今も。
自分という人間を、少しでも知るために。
5 まとめ
私は今まで、自分探しをしていたのだと思っていました。
でも、こうして振り返ってみると、そうではなかったのかもしれません。
私は、自分を知るために、人生のあちこちに種を植えてきた。
そして、その旅は学生の頃だけで終わったわけではなく、今も続いています。
これから植える種の中には、芽が出ないものもあるでしょう。
それでも、私はまた新しい種を植えていくのだと思います。
なぜなら、その一つひとつが、「自分とは何者なのか」を教えてくれるからです。
もしかすると、人生とは、自分を知るために種を植え続ける旅なのかもしれません。
学生の時も、そして今も。
私は、そんな旅を続けています。
