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人生でたくさんの種を植えてきた。学生の時も、そして今も①~人生でたくさんの種を植えてきた。学生の時も、そして今も~141

1 なぜ、いろいろなことをしていたのか

学生時代を振り返ると、私はとても活動的でした。

ボランティア活動に参加したり、一人旅に出たり、四国八十八か所を巡ったり、サークルやクラブに入ってみたり。

今思えば、「なぜ、あんなにいろいろなことをしていたのだろう」と不思議に思うことがあります。

当時は明確な答えを持っていたわけではありません。

ただ、心のどこかで、

「自分は何が好きなのだろう。」

「何に興味を持つ人間なのだろう。」

「何を大切に思っているのだろう。」

「本当はどう生きたいのだろう。」

そんなことを知りたかったのかもしれません。

2 自分を知るための種まき

最近になって思うのです。

あの頃の私は、「自分探し」をしていたというよりも、「自分を知るための種まき」をしていたのではないか、と。

いろいろな場所へ行く。

いろいろな人と出会う。

いろいろな経験をしてみる。

その一つひとつが、自分という人間を知るための小さな実験だったような気がします。

もちろん、すべての種が芽を出したわけではありません。

思ったほど興味が続かなかったこともありました。

自分には合わないなと思ったこともありました。

それでも、その経験が無駄だったとは思いません。

なぜなら、「これは違う」と知ることもまた、自分を知ることだからです。

3 今も、私は種を植えている

そして面白いことに、今の私も同じことをしています。

ブログを書くこと。

本を読むこと。

ウォーキングをすること。

自分との対話を続けること。

以前のように遠くへ旅をする機会は減ったかもしれません。

でも、形を変えながら、私は今もたくさんの種を植えています。

もしかすると、人は何歳になっても、

「自分は何者なのか。」

「何をすると心が動くのか。」

を知りたい生き物なのかもしれません。

4 まずは、種を植えてみる

最近、私はこう思っています。

人生では、水をやることも大切ですが、それ以上に大切なのは、「種を植えること」なのではないか、と。

興味を持ったこと。

少し気になったこと。

やってみたいと思ったこと。

私たちは案外、自分のそうした小さな気持ちに冷たく接してしまいます。

「どうせ無理だろう。」

「今さら遅い。」

「意味がないかもしれない。」

そうやって、種を植える前に諦めてしまうことがあります。

でも、本当に育つかどうかは、植えてみなければ分かりません。

だから私は、これからも種を植えていきたいと思っています。

学生の頃も、そして今も。

自分という人間を、少しでも知るために。

5 まとめ

私は今まで、自分探しをしていたのだと思っていました。

でも、こうして振り返ってみると、そうではなかったのかもしれません。

私は、自分を知るために、人生のあちこちに種を植えてきた。

そして、その旅は学生の頃だけで終わったわけではなく、今も続いています。

これから植える種の中には、芽が出ないものもあるでしょう。

それでも、私はまた新しい種を植えていくのだと思います。

なぜなら、その一つひとつが、「自分とは何者なのか」を教えてくれるからです。

もしかすると、人生とは、自分を知るために種を植え続ける旅なのかもしれません。

学生の時も、そして今も。

私は、そんな旅を続けています。

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