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人生って愛なのかもしれない②~私には、『愛する』ということがよく分かっていなかった話~147

1 私は『愛』を深く考えたことがなかった

振り返ってみると、私は「愛」という言葉を、どこか漠然としたものとして捉えていました。

家族を大切に思うこと。

誰かを好きになること。

人に優しくすること。

もちろん、それらも愛の一つなのだと思います。

しかし、「愛するとは何か」と改めて問われると、うまく答えることができません。

若い頃の私は、そんなことを深く考えずに生きてきたように思います。

2 私は結果ばかりを見ていたのかもしれない

私はこれまで、努力することや責任を果たすことを大切にしてきました。

仕事でも、家庭でも、「きちんとやること」を意識してきたつもりです。

けれど最近になって、あることに気づきました。

私は「何をしたか」や「どんな結果になったか」を重視する一方で、

「どのような思いで向き合ったのか」

ということを、あまり見てこなかったのではないか。

そんな気がしているのです。

同じ行動であっても、その根底にあるものによって、まったく違うものになるのかもしれません。

3 『愛する』ということは、思っていたよりも深い

だからこそ、私は今、「愛」という言葉の前で立ち止まっています。

人を大切に思うこと。

家族のために働くこと。

誰かを支えたいと思うこと。

それらを私は、なんとなく「愛」だと思っていました。

しかし、本当にそうなのだろうか。

そもそも『愛する』とは、どういうことなのだろうか。

考えれば考えるほど、その言葉の深さに驚かされます。

4 自分には愛が足りないのではないかと思った

そして、そんなことを考えているうちに、一つの思いが生まれました。

私は、本当に愛を持って生きてきたのだろうか。

正直なところ、自信はありません。

むしろ、私には愛がない、もしくは少ないのではないか。

そんなことさえ思うようになりました。

もちろん、家族を大切に思っています。

人に親切でありたいとも思っています。

それでも、「愛する」ということを十分に理解しているかと言われれば、首を横に振るしかありません。

5 まとめ 

最近の私は、「愛」について答えを持っている人間ではありません。

むしろ、何も分かっていないことに気づき始めた人間なのだと思います。

でも、それでいいのかもしれません。

大切なのは、「分かったつもり」になることではなく、

「自分はまだよく分かっていない」と認めることなのではないでしょうか。

だから私は、これから少しずつ『愛する』ということについて学んでいきたいと思っています。

もしかすると、その先に、今まで見えていなかった人生の景色があるのかもしれません。

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