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人生って愛なのかもしれない①~40代になって『愛』という言葉が気になり始めた話~146

1 昔の私は『愛』をあまり考えていなかった

若い頃の私は、「愛」という言葉をそれほど深く考えたことがありませんでした。

それよりも、仕事で結果を出すこと、責任を果たすこと、頑張ることのほうが大切だと思っていたように思います。

もちろん、家族や友人を大切に思う気持ちはありました。

しかし、「愛するとは何か」ということを真剣に考える機会は、ほとんどありませんでした。

2 40代になって価値観が少し変わってきた

40代になり、仕事や家庭、自分自身のことなど、さまざまな出来事を経験してきました。

その中で、少しずつ感じるようになったことがあります。

それは、成功や失敗という結果だけでは、自分は本当の意味で納得できないということです。

結果が良かったとしても、どこか心が満たされないことがあります。

反対に、結果が思い通りではなかったとしても、「自分なりに誠実に向き合えた」と思える時には、不思議と納得できることがあります。

3 人生の根底には『愛』があるのかもしれない

そんなことを考えているうちに、私は一つの問いにたどり着きました。

もしかすると、人生で起きるさまざまな出来事の根底には、『愛』があるのではないだろうか。

子どものことを心配すること。

家族のために働くこと。

誰かを応援したいと思うこと。

自分自身を立て直そうとすること。

その奥には、目には見えないけれど、『愛』というものが流れているような気がするのです。

4 だからこそ、自分には愛が足りないのではないかと思った

しかし、そう考え始めた時、一つの疑問が生まれました。

私は、本当に『愛する』ということを理解しているのだろうか。

私は、愛を持って人や物事に向き合えているのだろうか。

正直なところ、自信はありません。

むしろ、今までの私は、結果や評価ばかりを気にして、本当の意味で『愛する』ということを考えてこなかったのかもしれません。

そして最近では、自分には愛がない、もしくは少ないのではないか、と感じることさえあります。

5 まとめ 

もちろん、私は『愛』について何か答えを持っているわけではありません。

むしろ、分からないことだらけです。

だからこそ、今、このテーマについて考えてみたいと思っています。

これから読む本や、日々の出来事の中で、『愛する』ということについて少しずつ学んでいけたらと思っています。

40代になった今、私は人生の答えを見つけたわけではありません。

それでも、一つだけ感じていることがあります。

もしかすると、人生って愛なのかもしれない。

このシリーズでは、そのことについて、自分なりにゆっくり考えてみたいと思います。

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