こんにちは ヨハニです。 ※本ページはプロモーションを含みます。
社会人になりたての20代前半。
まだ仕事のことを何も分かっていなかった私は、なぜか「天職」という言葉を強く意識していました。
「これは私の天職なのだろうか?」
「この仕事は、自分に適しているのだろうか?」
そんなことを、仕事をしながらずっと考えていたように思います。
そして、当時の私には、今振り返るとかなり強い思い込みがありました。
「天職でない仕事は、長く続けられない。」
だから、仕事で失敗すると、
「自分には、この仕事が向いていないのではないか?」
と考える。
うまくできないことがあると、
「もっと自分に合った仕事があるのではないか?」
と考える。
人間関係が思ったように形成できないと、
「人と交わる機会が少ない仕事の方が、自分には向いているのではないか?」
そんなことまで考えていました。
今思えば、私は仕事をしながら、ずっと「この仕事は自分に合っているのか」という採点をしていたのです。
第1章 「これは私の天職なのか?」
一つの失敗を、単なる失敗として終わらせることができませんでした。
仕事で失敗する。
本来なら、
「今回は失敗した。次は気をつけよう」
で終わる話です。
ところが当時の私は、
「失敗した」
↓
「自分はこの仕事が苦手なのかもしれない」
↓
「この仕事は自分に向いていないのではないか」
↓
「そもそも、自分が選んだ仕事が間違っていたのではないか」
と、どんどん話を大きくしていました。
人間関係も同じでした。
誰かとうまく関係を作れない。
すると、
「自分は人と関わる仕事に向いていないのではないか」
と考える。
今なら、
「人間関係なんて、そんなに簡単なものではない」
と思えます。
でも、若い私はそうではありませんでした。
目の前で起きた出来事を、すぐに「自分の適性」の問題にしていたのです。
当時は、いわゆる「士業」と呼ばれるような、資格を取って働くスタイルにも憧れていました。
資格という専門性を持ち、それを武器にして働く。
そんな仕事の方が、自分には向いているのではないか。
そんな思いもあったのでしょう。
だから余計に、
「今の仕事は、本当に自分に合っているのだろうか?」
という問いから離れられなかったのだと思います。
第2章 仕事と「がっぷり四つ」に組めなかった
今振り返ると、当時の私は仕事と真正面から向き合っていたとは言えないのかもしれません。
相撲で言えば、「がっぷり四つ」。
ラグビーで言えば、「スクラム」。
そんな仕事とのコミット感には、程遠かったように思います。
仕事をしている。
もちろん一生懸命やっている。
でも、心のどこかでは、
「これは本当に自分の仕事なのだろうか?」
と、仕事との相性を測り続けている。
そんな状態でした。
ところが、不思議なことに、仕事を続けていくうちに少しずつ変わっていきました。
いつからだったのかは、はっきり覚えていません。
でも、いつの間にか、
「これは天職なのか?」
と考えることが少なくなっていました。
目の前の仕事に集中する。
目の前の課題を解決する。
失敗したら修正する。
分からなければ覚える。
またやってみる。
そうしているうちに、仕事そのものに意識を向けられるようになっていったのです。
「この仕事は自分に向いているのか?」
という問いより、
「今、目の前にあるこの仕事を、どうやってやるか?」
という問いの方が大きくなっていきました。
今思えば、これは私にとって大きな変化でした。
仕事との相性を考えるのではなく、仕事そのものに取り組む。
少しずつですが、私は仕事と「がっぷり四つ」に組めるようになっていったのだと思います。
第3章 「向いているか」から「出世できるか」へ
ところが、悩みがなくなったわけではありませんでした。
「この仕事は自分に向いているのか?」
という問いが薄くなると、今度は別の問いが出てきました。
「自分は、この仕事で出世できるのだろうか?」
です。
「自分の特性では、出世するのが難しいのではないか?」
「出世できないということは、仕事をしている間ずっと精神的にしんどいのではないか?」
そんなことを考えるようになりました。
現実には、そこまで悲観する必要はありませんでした。
でも当時の私は、人と自分を比べていました。
周りの人を見る。
自分を見る。
そして、自分に足りないものを探す。
誰かができることを見ると、自分にはできないと思う。
誰かが評価されれば、自分は評価されていないように感じる。
今思えば、かなり長い間、周囲に流されていたのだと思います。
いわゆる「自分軸」を失っていた時期です。
そして、この時期はかなり長かったように思います。
今になって振り返ると、それは単純に「仕事がうまくいかなかった時期」ではありませんでした。
自分自身を、人との比較によって評価していた時期だったのだと思います。
第4章 40代になって、初めて振り返ることができた
そんな私も、40代になって転職しました。
環境が変わり、人生を振り返る余裕が少しずつ生まれました。
そこで初めて、
「私は就職してから、ずっとこんなことを考えてきたんだな」
と思うようになりました。
天職なのか。
向いているのか。
出世できるのか。
自分は周りより優れているのか。
そんなことを、ずっと考え続けていた。
でも、よく考えてみれば、不思議なことです。
私は結局、仕事を辞めていません。
天職かどうか分からなくても、仕事を続けてきた。
向いているかどうか悩んでも、経験を積んできた。
失敗しても、また次の日には仕事に行ってきた。
つまり、
「天職でなければ仕事を続けられない」
という、若い頃の私の思い込みは、現実によって否定されていたのです。
今になってみれば、それは当たり前のことなのかもしれません。
仕事は、最初から自分にぴったり合っているものではない。
経験を積むことで分かることもある。
自分自身が変わることで、仕事の見え方も変わる。
そして何より、
仕事との関係は、自分でつくっていくこともできる。
そんなことを、私は長い時間をかけて知ったのだと思います。
まとめ 私は、天職を探していたのではなかったのかもしれない
今振り返ると、私は「天職」を探していたのだと思っていました。
でも、もしかすると違ったのかもしれません。
私は、
「この仕事なら、自分は大丈夫だ」
と思える場所を探していたのではないでしょうか。
「この仕事なら失敗しても続けられる」
「この仕事なら自分の力を発揮できる」
「この仕事なら人と比べなくてもいい」
そんな安心を、仕事に求めていたのかもしれません。
でも、そんな完璧な仕事が本当にあるのでしょうか。
天職だと思える仕事に就いたとしても、失敗するでしょう。
人間関係で悩むこともあるでしょう。
思ったように評価されないこともあるでしょう。
そして、自分自身も年齢とともに変わっていきます。
20代の自分が「これこそ自分に合っている」と思った仕事を、40代の自分も同じように好きだとは限りません。
だから今は、
「天職かどうか」だけで仕事を判断する必要はなかったのかもしれない
と思っています。
ただ、ここで一つ問題があります。
天職ではないかもしれない。
それでも私は、仕事を続けてきた。
では、一体何が私を仕事につなぎ止めていたのでしょうか。
今振り返ると、その答えの一つは、かなり分かりやすいものでした。
「数字」です。
若い頃の私は、営業成績という数字に、何度も自分を救ってもらいました。
今でも、これは私の中では一つの格言です。
「数字が全てを癒してくれる。」
ただし、この格言には、後になって分かることになる「危うさ」も含まれていました。
次回は、その話を書いてみたいと思います。

