こんにちは ヨハニです。
※本ページはプロモーションを含みます。
「あなたにとって、天職は何ですか?」
そう聞かれたら、今の私は少し困ってしまいます。
昔なら、きっと答えを探していたと思います。
自分に向いている仕事は何なのか。
自分の才能を発揮できる仕事は何なのか。
一生続けられる仕事は何なのか。
そして、
「それを見つけられれば、きっと人生はもっと充実する」
そんなふうに考えていました。
でも、40代になった今は、少し違います。
もしかすると私は、
天職を見つけなくても、人生は十分にやっていけるのではないか。
そう思うようになりました。
これは、
「仕事なんてどうでもいい」
という話ではありません。
むしろ逆です。
仕事も大切。
お金も大切。
人間関係も大切。
結果も大切。
やりがいも大切。
ただ、
それらのどれか一つを「人生の答え」にしなくてもいい。
そんなふうに思えるようになったのです。
第1章 「天職を見つければ幸せ」という思い込み
私は、いつの頃からか、
「自分に合った仕事を見つけること」
が大切だと思っていました。
もちろん、それ自体は悪いことではありません。
自分の得意なことを活かせる仕事。
好きなことを仕事にする。
自分の価値観に合った会社で働く。
どれも素晴らしいことだと思います。
ただ、いつの間にか、
「天職を見つけられない=人生の失敗」
のように考えていたところがあったのだと思います。
でも、よく考えてみると、それは少し厳しすぎる考え方です。
世の中の人全員が、
「これが私の天職です!」
と言えるでしょうか。
おそらく、そんなことはありません。
それでも、多くの人が毎日仕事をしています。
家族を支えています。
誰かの役に立っています。
仕事を終えて家に帰り、
ご飯を食べて、
お風呂に入って、
家族と話して、
眠る。
そして、また次の日に仕事へ行く。
一見すると、とても普通の毎日です。
でも、その普通の中に、
人生がある。
そう考えると、
「天職」というものを見つけることだけが、人生を豊かにする方法ではないのかもしれません。
第2章 仕事は、人生の「全部」ではなくなった
以前の私は、仕事と自分をかなり近づけて考えていました。
仕事で結果を出せば、自分に価値がある。
仕事で評価されれば、自信が持てる。
仕事がうまくいかなければ、自分まで否定されたように感じる。
だから、仕事で嫌なことがあると、人生そのものが嫌になってしまうこともありました。
でも今は、少し違います。
仕事がうまくいかない日があっても、
家に帰れば家族がいる。
休日になれば、自分の時間がある。
歩くこともできる。
本を読むこともできる。
ブログを書くこともできる。
家のことをすることもできる。
庭をいじることもできる。
美味しいものを食べることもできる。
そう考えると、
仕事が人生の一部分に戻ってきた。
そんな感覚があります。
これは、私にとってかなり大きな変化でした。
仕事が大切ではなくなったのではありません。
むしろ、
仕事を大切にしすぎなくなった。
という方が近いかもしれません。
仕事は仕事。
家族は家族。
自分の時間は自分の時間。
それぞれに大切なものがある。
そして、それらを全部合わせて、
「自分の人生」
なのだと思います。
第3章 「好きな仕事」ではなく「納得できる仕事」
では、今の私は仕事に何を求めているのでしょうか。
最近の私が一番大切にしたいと思っているのは、
「納得できること」
なのかもしれません。
毎日が楽しくて仕方がない必要はない。
毎日やりがいを感じる必要もない。
毎日、人間関係が良好である必要もない。
仕事ですから、嫌なことはあります(笑)。
失敗することもあります。
疲れることもあります。
「今日は行きたくないな」と思う日だってあります。
それでも、
「まあ、自分なりにやったな」
と思えればいい。
「今日はこれでよかった」
と思えればいい。
そんな小さな納得を積み重ねていく。
それなら、天職でなくても続けていける気がします。
そして、ここには40代になったからこそ分かることもあります。
若い頃は、
「もっと良い仕事があるはず」
と思っていました。
もっと給料が高い仕事。
もっと評価される仕事。
もっと自分に向いている仕事。
もっと楽しい仕事。
でも今は、
「どこへ行っても、何かしら大変なことはある」
とも思っています。
だったら、
「完璧な仕事」を探し続けるより、
「今いる場所で、自分がどうやって納得して働くか」
を考える方が、ずっと現実的なのかもしれません。
第4章 天職がなくても、自分の人生はつくれる
ここまで書いてきて、ようやくシリーズのタイトルに戻ってきました。
「天職でなくても、やっていける」
これは、今の私が自分自身に言っている言葉でもあります。
私は、天職を見つけたわけではありません。
今後、突然、
「これこそ私の天職だった!」
と気づく可能性だって、ゼロではありません(笑)。
でも、もうそれを探し続けなくてもいいと思っています。
なぜなら、
人生は仕事だけでつくるものではないからです。
仕事で得たお金で、家族と出かける。
休日に体を動かす。
本を読む。
ブログを書く。
家を整える。
植物を育てる。
美味しいものを食べる。
子供たちと笑う。
将来のことを考える。
そんな一つ一つも、全部人生です。
そして、仕事をしている時間だって、その人生の一部です。
だから、
「天職ではない仕事をしている自分」
を、わざわざ否定する必要はない。
その仕事で生活を支えている。
誰かの役に立っている。
人と関わっている。
経験を積んでいる。
そして、その仕事をしながら、自分の人生を別の場所でも育てている。
それでいい。
そう思えるようになりました。
まとめ 「これでいい」と思える人生をつくる
若い頃の私は、
「もっと良い仕事を見つけなければ」
と思っていました。
もっと結果を出さなければ。
もっと評価されなければ。
もっと自分に合った仕事を見つけなければ。
そうやって、
「まだ足りない」
と思い続けていたような気がします。
でも40代になって、少しずつ考え方が変わりました。
今の仕事にも、大変なことはあります。
嫌なこともあります。
数字に悩むこともあります。
人間関係で疲れることもあります。
それでも、
「この仕事を続けながら、自分の人生をつくっていけばいい」
と思えるようになった。
これは、私にとって大きな変化です。
天職を見つける。
人生を変える。
環境を変える。
そういう大きな変化だけが、人生を良くする方法ではないのかもしれません。
今ある仕事を少し工夫する。
人との関わり方を少し変える。
仕事以外の時間を少し大切にする。
家族との時間を大切にする。
体を整える。
自分が面白いと思えることを続ける。
そうやって、
「仕事以外の人生」も少しずつ育てていく。
すると、仕事が人生のすべてではなくなります。
そして不思議なことに、
仕事が人生のすべてではなくなったからこそ、
仕事にも少し余裕を持って向き合えるようになる。
そんなこともあるのではないでしょうか。
私は今でも、仕事で結果を出したいと思っています。
「どうせ仕事だから」と諦めているわけではありません。
むしろ、
「やるからには、できるところまでやってみよう」
という気持ちはあります。
でも、それと、
「仕事で結果が出なければ、自分には価値がない」
ということは、もう別の話です。
結果が悪い日があってもいい。
評価されないことがあってもいい。
仕事が嫌になる日があってもいい。
それでも、
人生は続いていく。
仕事が終われば家に帰る。
家族がいる。
休日が来る。
自分の時間がある。
また新しいことを考えられる。
そうやって人生は続いていく。
だから私は、
「天職を見つけられなかった」
とは、もう思わないことにしました。
もしかすると、
天職を見つけることより、今ある人生をどう育てていくかの方が大切なのかもしれない。
そんなふうに思っています。
天職でなくてもいい。
仕事が人生のすべてでなくてもいい。
毎日、充実していなくてもいい。
それでも、
「まあ、今日もやっていこう」
と思える。
そして仕事以外にも、
「これがあってよかった」
と思えるものを少しずつ増やしていく。
それが、40代になった私が今考えている、
「やっていける」という感覚なのだと思います。
人生には、きっと「これが正解」という仕事はありません。
でも、
「これでいい」と思える生き方は、自分で少しずつつくっていける。
私は、そんなふうに考えています。
そしてこれからも、
仕事だけに自分の人生を預けるのではなく、
仕事も、家族も、自分の時間も、これからやってみたいことも。
全部ひっくるめて、
「自分の人生だった」と思えるような40代、50代をつくっていきたい。
天職があるかどうかは、もう、それほど重要ではありません。
今日も仕事をする。
そして、仕事が終わったら、自分の人生に戻る。
その繰り返しの中で、
少しずつ自分の人生を育てていけばいい。
私は今、
「天職を探す人生」から、「自分の人生をつくる人生」へ。
少しずつ、歩き方を変えているところなのだと思います。

