こんにちは、ヨハニです。
※本ページはプロモーションを含みます。
前回は、好きなことや夢中になれることが、自分を支える力になるのかもしれないということについて書きました。
そして最近、私はもう一つのことを考えるようになりました。
それは、
「私は何が好きなのだろう。」
「私は何を大切にしているのだろう。」
ということです。
1 自分のことは、案外わからない
私は長い間、自分のことを分かっているつもりでいました。
でも、こうして自分との対話を続けていると、案外、自分のことを知らなかったのかもしれないと思うことがあります。
何に心が動くのか。
どんな時に嬉しいと感じるのか。
何に違和感を覚えるのか。
どんな生き方をしたいのか。
こうしたことは、すぐに答えが出るものではありません。
だからこそ、人生の中でたくさんの種を植きながら、少しずつ知っていくものなのかもしれません。
2 私は「整うこと」が好きなのかもしれない
最近、自分を振り返っていて気づいたことがあります。
私はどうやら、「整うこと」が好きなようです。
数字が整うこと。
物事が整理されること。
考えがまとまること。
少しずつ前に進んでいる実感があること。
ブログの記事が積み上がっていくこともそうです。
ウォーキングを続けることもそうです。
私は、「整っていく感覚」や「積み上がっていく感覚」に喜びを感じる人間なのかもしれません。
3 好きなものは、自分を教えてくれる
以前の私は、好きなことはただの趣味のようなものだと思っていました。
でも今は、少し違う考えを持っています。
好きなものや、なぜか惹かれるものには、自分らしさのヒントが隠れているのではないか、と。
それは、大げさな才能ではないかもしれません。
人から見れば、何でもないことかもしれません。
それでも、自分にとって自然と心が動くものには、大切な意味があるような気がしています。
4 答えは、一つではないのかもしれない
私は今でも、自分のことをすべて理解できているわけではありません。
むしろ、分からないことの方が多いような気がします。
でも、それでいいのかもしれません。
人生のどこかで、「これが自分だ」と一つの答えを見つけることも素敵です。
でも、自分は変わっていくものでもあります。
新しい経験をして、新しい種を植えて、また違う自分に出会うこともあるでしょう。
だから、自分を知る旅には終わりがないのかもしれません。
5 まとめ
私は今でも、
「何が好きなのだろう。」
「何を大切にしているのだろう。」
そんなことを考える時があります。
でも、その問いを持ち続けていること自体に、意味があるのかもしれません。
なぜなら、その問いは、自分自身と向き合う時間を与えてくれるからです。
学生の頃も、そして今も。
私は、たくさんの種を植えながら、自分という人間を少しずつ知ってきました。
そして、これからもきっと、その旅は続いていくのだと思います。

