ヨハニログ

心の深海に、大きな海流を探して③~問いという種は、時間をかけて育つ~158

1 あの時は分からなかった

振り返ってみると、私は昔から「何か引っかかる」と感じることがありました。

景色を見て感じた違和感。

人との会話の中で心に残った一言。

仕事で感じた葛藤。

その時は、「何となく気になる」で終わっていました。

深く考えたつもりでも、数日経てば忘れてしまう。

そんなことの繰り返しでした。

当時の私は、それで終わりだと思っていました。

2 種は、土の中で育っていた

しかし最近、昔の出来事を思い出すことがあります。

すると、不思議なことが起こります。

「あの時感じたことは、こういう意味だったのか。」

以前は見えなかったことが、少しずつ見えてくるのです。

その時、私は思いました。

気づきとは、花ではなく「種」なのかもしれない、と。

種は、土に埋めたその日に花を咲かせることはありません。

見えない場所で時間をかけて根を張ります。

私たちの問いも、それと同じなのではないでしょうか。

心に残った違和感や疑問は、見えないところで静かに育ち続けている。

そして、ある日突然、意味を持ち始める。

そんなことがあるように思います。

3 内省は、芽吹きを待つ時間

以前の私は、「答え」を急いでいました。

すぐに理解したい。

すぐに納得したい。

でも今は、少し考え方が変わりました。

分からないことは、そのまま持っていてもいい。

問いを抱えたまま歩いてもいい。

読書をしたり、誰かと話したり、また同じような出来事に出会ったりする中で、少しずつ意味が見えてくることがあります。

内省とは、無理に答えを探すことではなく、問いが育つのを待つ時間でもあるのかもしれません。

4 だから、今日も立ち止まる

現代は、とても速い時代です。

次々と新しい情報が流れ、昨日の出来事はすぐに過去になってしまいます。

そんな毎日の中では、問いを育てる時間は意識しなければ生まれません。

だから私は、ときどき立ち止まろうと思います。

歩くこと。

本を読むこと。

言葉にしてみること。

そうした静かな時間の中で、心の深海に蒔かれた種が、少しずつ芽を出していることに気づけるかもしれません。

まとめ

人生には、すぐに答えが出る問いもあります。

でも、本当に大切な問いほど、時間が必要なのかもしれません。

問いは、心の深海に蒔かれた一粒の種。

すぐには見えなくても、見えない場所で静かに育ち続けています。

だから私は、これからも急いで答えを探すのではなく、その問いと共に歩いていきたいと思います。

いつかその種が花を咲かせた時、今より少しだけ、自分という人間を理解できているような気がするからです。

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