こんにちは、ヨハニです。
※本ページはプロモーションを含みます。
前回は、心の深海には目には見えない海流があり、その流れが人生の方向を静かに決めているのではないか、ということについて書きました。
今回は、その海流がどのようにつくられていくのかについて考えてみたいと思います。
最近、私はあることに気づきました。
それは、「人生を変えるような気づき」は、その瞬間に完成するわけではないということです。
1 あの時は分からなかった
振り返ってみると、私は昔から「何か引っかかる」と感じることがありました。
景色を見て感じた違和感。
人との会話の中で心に残った一言。
仕事で感じた葛藤。
その時は、「何となく気になる」で終わっていました。
深く考えたつもりでも、数日経てば忘れてしまう。
そんなことの繰り返しでした。
当時の私は、それで終わりだと思っていました。
2 種は、土の中で育っていた
しかし最近、昔の出来事を思い出すことがあります。
すると、不思議なことが起こります。
「あの時感じたことは、こういう意味だったのか。」
以前は見えなかったことが、少しずつ見えてくるのです。
その時、私は思いました。
気づきとは、花ではなく「種」なのかもしれない、と。
種は、土に埋めたその日に花を咲かせることはありません。
見えない場所で時間をかけて根を張ります。
私たちの問いも、それと同じなのではないでしょうか。
心に残った違和感や疑問は、見えないところで静かに育ち続けている。
そして、ある日突然、意味を持ち始める。
そんなことがあるように思います。
3 内省は、芽吹きを待つ時間
以前の私は、「答え」を急いでいました。
すぐに理解したい。
すぐに納得したい。
でも今は、少し考え方が変わりました。
分からないことは、そのまま持っていてもいい。
問いを抱えたまま歩いてもいい。
読書をしたり、誰かと話したり、また同じような出来事に出会ったりする中で、少しずつ意味が見えてくることがあります。
内省とは、無理に答えを探すことではなく、問いが育つのを待つ時間でもあるのかもしれません。
4 だから、今日も立ち止まる
現代は、とても速い時代です。
次々と新しい情報が流れ、昨日の出来事はすぐに過去になってしまいます。
そんな毎日の中では、問いを育てる時間は意識しなければ生まれません。
だから私は、ときどき立ち止まろうと思います。
歩くこと。
本を読むこと。
言葉にしてみること。
そうした静かな時間の中で、心の深海に蒔かれた種が、少しずつ芽を出していることに気づけるかもしれません。
まとめ
人生には、すぐに答えが出る問いもあります。
でも、本当に大切な問いほど、時間が必要なのかもしれません。
問いは、心の深海に蒔かれた一粒の種。
すぐには見えなくても、見えない場所で静かに育ち続けています。
だから私は、これからも急いで答えを探すのではなく、その問いと共に歩いていきたいと思います。
いつかその種が花を咲かせた時、今より少しだけ、自分という人間を理解できているような気がするからです。

