こんにちは、ヨハニです。
※本ページはプロモーションを含みます。
前回は、「問いという種は、時間をかけて育つ」ということについて書きました。
心に残った出来事や違和感は、すぐに答えが出るものではありません。
時間をかけながら、少しずつ意味を持ち始めます。
では、その意味を私たちはどうやって理解していくのでしょうか。
最近の私は、その答えの一つが「言葉」なのではないかと思っています。
1 感じるだけでは、分からないことがある
以前の私は、「何となくそう思う」で終わることが少なくありませんでした。
景色を見て気持ちが変わる。
人の一言が心に残る。
理由は分からないけれど、何か引っかかる。
そんな出来事はたくさんありました。
もちろん、感じることは大切です。
でも、感じるだけでは、自分でも自分のことがよく分からないことがあります。
私は最近、そのことを強く感じるようになりました。
2 言葉が、心に輪郭を与えてくれる
ウォーキングをしていて気づいたことがあります。
景色によって気持ちが変わる。
最初は、それだけの出来事でした。
しかし、「環境」「感情」「主体性」という言葉にしてみると、単なる出来事ではなく、人間そのものについて考える入り口になりました。
言葉にした瞬間、ぼんやりとしていたものに輪郭が生まれます。
「私は、こういうことを感じていたのか。」
そんなふうに、自分自身を少し理解できるようになります。
だから私は、言葉とは、自分を縛るものではなく、自分を理解するための道具なのだと思っています。
3 深海から持ち帰るために
私は、内省を「心の深海へ潜ること」だと考えています。
深海には、大きな海流があります。
でも、ただ潜るだけでは、その流れを誰かに伝えることも、自分自身が理解することも難しいでしょう。
だから必要なのが、言葉です。
深海で見つけたものを、海面まで持ち帰る。
それが言葉の役割なのだと思います。
ブログを書くことも、私にとっては同じです。
誰かに教えるためというより、自分が見つけた海流を確かめるために、言葉を選び、一つずつ並べているような気がします。
4 言葉は、人を豊かにする
最近、「人は意味を求める生き物なのかもしれない」と思うようになりました。
意味とは、納得できる理由であり、生きる手応えでもあります。
その意味を見つけるためには、自分を理解することが欠かせません。
そして、自分を理解するためには、言葉が必要です。
もちろん、言葉だけで人生のすべてが分かるわけではありません。
それでも、言葉にすることで、昨日まで見えなかった自分に出会えることがあります。
私は、その積み重ねが人生を少しずつ豊かにしていくのではないかと思っています。
まとめ
心の深海には、目には見えない海流があります。
その海流を見つけても、言葉にしなければ、また深い海の中へ静かに沈んでいってしまいます。
だから私は、これからも言葉を大切にしたいと思います。
言葉は答えを押しつけるためのものではありません。
自分を理解し、人間という存在を少しずつ理解していくための道具なのだと思います。
そして今日もまた、私は心の深海へ潜り、見つけた小さな気づきを、言葉という器にそっと入れて持ち帰りたいと思います。
