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違いと優劣を、同じに考えていたのかもしれない⑤~違いを受け入れることは、自分を受け入れることだった~185

1 自分を否定し続けていた

誰かと比べて落ち込むたびに、私は自分に足りないものばかりを見ていました。

もっと能力があれば。

もっと話が上手なら。

もっと評価されていたら。

そんな「もっと」を追い続けていたように思います。

もちろん、成長を目指すことは大切です。

しかし、成長したいという気持ちと、「今の自分には価値がない」という思いは、似ているようで全く違います。

私は、その二つを混同していたのかもしれません。

2 違いを受け入れると、心に余白が生まれる

「違い」と「優劣」は同じではない。

そう思えるようになると、自分に対する見方も少しずつ変わってきました。

得意なことがあれば、苦手なこともある。

人より時間がかかることもあれば、自分だからできることもある。

それでいい。

そう思えたとき、心に少し余白が生まれました。

その余白は、頑張ることをやめるためではなく、安心して前へ進むための余白でした。

3 違いがあるから、人は支え合える

もし、誰もが同じ能力で、同じ考え方を持っていたら、社会はどうなるでしょう。

きっと、便利ではあるかもしれません。

でも、新しい発想も、助け合いも、生まれにくくなるでしょう。

人は違うからこそ、

教え合えます。

学び合えます。

支え合えます。

違いは、人と人を分けるものではなく、人と人を結びつけるものなのかもしれません。

4 今日から見える景色を少し変えてみる

これからも私は、きっと誰かと比べてしまう日があるでしょう。

そんな自分を責めるつもりはありません。

ただ、そのたびに思い出したいのです。

「これは違いなのか。それとも、私が優劣として見ているだけなのか。」

その問いを持つだけでも、心は少し穏やかになります。

そして、人の良さを素直に喜び、自分の良さも静かに認められるようになれば、それだけで人生は少し生きやすくなるのではないでしょうか。

まとめ

このシリーズを書きながら、私は一つの気づきを得ました。

苦しかったのは、人との違いではありませんでした。

その違いに、「上」と「下」という意味を与えていた、自分の心だったのかもしれません。

もちろん、社会には評価があり、競争があり、結果を求められる場面もあります。

それ自体を否定するつもりはありません。

ただ、その評価や結果まで、自分自身の価値と同じものにしなくてもいいのだと思います。

人は皆、それぞれ違います。

だからこそ、それぞれの役割があり、それぞれの魅力があります。

もし今日、誰かの素晴らしさを見つけたなら、素直に「すごいですね」と伝えてみる。

そして、自分にも「私には私の役割がある」と静かに声をかけてみる。

そんな小さな積み重ねが、「優劣」で見る世界から、「違い」を認め合う世界へ、一歩ずつ近づいていくのかもしれません。

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