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私が望む人生を基準にしたら、目の前の出来事は小さく見えた⑤~人生にフルパワーで向き合うために~190

1 失敗をなくすことが、人生の目的ではなかった

以前の私は、失敗を減らすことが大切だと思っていました。

失敗しない。

迷惑をかけない。

評価を落とさない。

それは一見、正しいことのように思えます。

もちろん、責任を持つことは大切です。

しかし、失敗を避けることばかりに意識が向くと、あるものを失ってしまうことがあります。

それは、

挑戦する力です。

失敗を恐れるあまり、行動が小さくなる。

言いたいことが言えなくなる。

新しいことに踏み出せなくなる。

気づけば、失敗を避けるための人生になってしまう。

でも、本当に私が望む人生は、それだったのでしょうか。

2 失敗の大きさが変わると、行動が変わる

今では、失敗に対する考え方が少し変わりました。

失敗しないようにすることよりも、

「この失敗は、自分の人生においてどれほど重要なのか」

と考えるようになりました。

もちろん、反省は必要です。

改善も必要です。

しかし、それ以上に自分を責め続ける必要はないのかもしれません。

なぜなら、人生にはもっと大切なことがあるからです。

人を大切にすること。

成長すること。

挑戦すること。

自分らしく生きること。

そう考えると、目の前の失敗は少し小さく見えてきます。

3 フットワークが軽くなるということ

失敗を必要以上に大きく見なくなると、不思議な変化が起こります。

心に余白が生まれます。

そして、その余白が行動力につながります。

以前なら、

「失敗したらどうしよう」

と考えて止まっていたことが、

「まずやってみよう」

と思えるようになる。

これは、無責任になるということではありません。

むしろ逆です。

本当に大切なことに、自分の力を使えるようになるということです。

目先の不安にエネルギーを奪われないからこそ、

仕事にも、

人との関係にも、

人生そのものにも、

より大きな力を注ぐことができます。

4 私が望む人生を基準に生きる

では、私が望む人生とは何なのか。

最近、少しずつ答えが見えてきました。

それは、

完璧な人生ではありません。

誰からも否定されない人生でもありません。

失敗しない人生でもありません。

人との関わりの中で成長する人生。

自分自身も成長し続ける人生。

そして、愛を持って人と関わる人生。

その基準から考えると、目の前の出来事の意味が変わります。

失敗は、自分を否定するものではなくなります。

問題は、自分を苦しめるだけのものではなくなります。

成長するための機会になります。

まとめ

今回、このシリーズを書きながら一つのことに気づきました。

私が変えたかったのは、出来事ではありませんでした。

失敗をなくしたかったわけでもありませんでした。

変えたかったのは、

出来事を見る自分の基準だったのです。

人生の基準を、

目先の評価から、

自分が望む人生へ。

不安から、

愛へ。

短期的な結果から、

長期的な成長へ。

変えていく。

すると、不思議なことに、同じ出来事でも大きさが変わって見えました。

そして、出来事が小さく見えると、心が軽くなりました。

心が軽くなると、行動できるようになりました。

行動できるようになると、人生に対して本気で向き合えるようになりました。

私はこれからも、迷った時には問いかけたいと思います。

「これは、私が望む人生につながっているだろうか。」

そして、もう一つ。

「そこに愛はあるのか。」

この二つの問いを持ちながら、一日一日を歩んでいきたいと思います。

人生は、失敗しないことによって輝くのではないのかもしれません。

失敗も、不安も、迷いも抱えながら、

それでも自分が大切にしたいものへ向かって進む。

その姿こそが、人生に向き合うということなのかもしれません。

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