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私が望む人生を基準にしたら、目の前の出来事は小さく見えた④~そこに愛はあるのか~189

1 正しさだけでは、人は動かない

仕事では、正しさが求められる場面があります。

決められたルール。

守るべき約束。

改善すべき行動。

それらを伝えることは、管理する立場として必要なことです。

しかし、正しいことを伝えるだけで、人は変わるのでしょうか。

私は、必ずしもそうではないと感じています。

なぜなら、人は単なる機械ではないからです。

人には、

考えがあります。

感情があります。

これまで歩んできた経験があります。

だからこそ、相手を変えようとするだけでは、本当の変化は生まれにくいのかもしれません。

2 自分の不安から行動していないか

問題が起きた時、私は自分に問いかけるようになりました。

「今、私は何のために行動しようとしているのか。」

ということです。

もちろん、問題を解決するためです。

しかし、その奥に、

「自分が悪く見られたくない」

「評価を下げたくない」

「早く安心したい」

という気持ちはないだろうか。

もし、それが中心になっているなら、その行動は相手のためではなく、自分の不安を解消するためになっているかもしれません。

3 愛とは、相手を大切に思う姿勢

以前、エーリッヒ・フロムの『愛するということ』を読んだ時、愛について考える機会がありました。

愛とは、ただ優しくすることではありません。

相手の成長を願うこと。

相手を一人の人間として尊重すること。

そして、自分自身も成長し続けること。

なのだと思います。

そう考えると、仕事での関わり方も変わってきます。

部下の失敗を見た時、

「なぜできないのか」

だけではなく、

「この人が成長するために、自分にできることは何だろう」

と考える。

そこには、少し違う景色があります。

4 愛を基準にすると、厳しさも変わる

愛を持つことは、何でも許すことではありません。

必要なことを伝えることも愛です。

間違いを指摘することも愛です。

しかし、その根底にあるものが違います。

「自分が困るから直してほしい」

なのか。

「あなた自身が成長するために伝えている」

なのか。

同じ言葉でも、出発点が違えば相手への伝わり方も変わります。

そして何より、自分自身がその行動を後から振り返った時に納得できるかどうか。

そこが大切なのだと思います。

まとめ

人生の基準を遠くに置く。

目の前の出来事を大きく見すぎない。

失敗を恐れすぎない。

それらの根底にあるもの。

それは、

「どんな人生を生きたいのか」

という問いです。

私の場合、その答えは少しずつ見えてきました。

それは、

愛を持って人と関わること。

自分自身にも、周囲の人にも、成長する余地を信じること。

完璧ではなくても、その時の自分にできる最善を尽くすこと。

だから、これからも問い続けたいと思います。

「そこに愛はあるのか。」

この問いがある限り、たとえ迷うことがあっても、自分が望む人生から大きく外れることはないのではないかと思います。

次回はいよいよ最終話です。

これまでの気づきをまとめながら、

「なぜ、人生にフルパワーで向き合えるようになるのか」

について考えてみたいと思います。

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