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頑張った自分へのご褒美(刺激)が、充実感を遠ざけていたのかもしれない④~刺激をなくすのではなく、付き合い方を考える~194

1 刺激は、人生を豊かにするものでもある

考えてみれば、私たちの人生には刺激が必要です。

新しいことを知る。

初めての場所へ行く。

誰かと楽しい時間を過ごす。

趣味を楽しむ。

こうした経験は、人生に彩りを与えてくれます。

もし、毎日が同じことの繰り返しで、何も楽しみがなければ、人は疲れてしまうかもしれません。

刺激には、人を前向きにする力があります。

だから、

「刺激を求めてはいけない。」

ということではないのです。

2 問題は、刺激の役割だった

では、何が問題だったのでしょうか。

私は考えました。

問題は、刺激の存在ではなく、

「その刺激を何のために求めているのか。」

ということだったのではないか。

例えば、

新しい経験をするための刺激。

人生を楽しむための刺激。

自分を成長させる刺激。

こうした刺激は、自分を豊かにしてくれます。

一方で、

疲れや不満を一時的に忘れるためだけの刺激。

何となく満たされない気持ちを埋めるための刺激。

こうした刺激は、その場では楽しくても、後に何も残らないことがあります。

3 発散する場所も、人生には必要

とはいえ、人間はいつも整った状態でいられるわけではありません。

仕事で疲れる日もあります。

嫌なことがある日もあります。

そんな時に、

「すべて我慢しなければならない。」

となると、それも苦しくなります。

気持ちを切り替える時間。

自分を解放する時間。

楽しむ時間。

こうした時間も、人生には必要です。

大切なのは、

刺激を禁止することではなく、自分にとって良い刺激を選ぶことなのだと思います。

4 明日の自分につながる選択

最近、私は刺激を選ぶ時に少し考えるようになりました。

「この時間を過ごした後、明日の自分はどう感じるだろう。」

ということです。

今の自分だけが満足するのか。

それとも、明日の自分も喜ぶのか。

例えば、

ゆっくりお風呂に入る。

好きな本を読む。

家族との時間を楽しむ。

早めに眠る。

こうしたことも、立派なご褒美です。

大きな刺激ではありません。

しかし、翌朝の自分に良い影響を与えてくれます。

そして、その積み重ねが深い充実感につながるのだと思います。

まとめ

刺激をなくすことが、人生を豊かにする答えではありません。

人には楽しみが必要です。

心を解放する時間も必要です。

ただ、考えたいことがあります。

その刺激は、

自分を満たすためのものなのか。

それとも、一時的に何かから逃げるためのものなのか。

同じ刺激でも、その意味は大きく変わります。

私はこれからも、刺激を避けるのではなく、

「自分を育ててくれる刺激とは何か。」

を考えながら、付き合っていきたいと思っています。

次回はいよいよ最終話。

今回の気づきから、これからどのように刺激と向き合っていくのかを考えてみたいと思います。

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