こんにちは ヨハニです。 ※本ページはプロモーションを含みます。
前回、私は「仕事が終わっても、仕事を終えられなかった」頃のことを書きました。
会社を出ても仕事のことを考える。
嫌な出来事を何度も思い返す。
明日のことを心配する。
休日になっても、仕事のことが頭から離れない。
今振り返ると、私は仕事にかなり多くのものを使っていたのだと思います。
時間だけではありません。
体力も、気力も、感情も、思考も。
仕事そのものに使うだけなら、まだいいのです。
問題は、仕事が終わった後まで、それらを仕事のために使い続けていたことでした。
そこで最近、少しずつ考えるようになりました。
「私は、仕事にどれくらいの熱量を使えばいいのだろう?」
仕事を適当にしたいわけではありません。
むしろ、仕事中はきちんと仕事をしたい。
責任も果たしたい。
できることなら、良い仕事をしたい。
でも、
「一生懸命働くこと」と「自分のすべてを仕事に使うこと」は、本当に同じなのだろうか。
そんな疑問が生まれてきました。
第1章 「ちゃんとやる」と「全部を背負う」は違う
仕事をしていると、
「もっとできるはずだ」
「もっと良くしなければ」
「自分が何とかしなければ」
と思うことがあります。
責任感があること自体は、悪いことではありません。
私自身も、仕事には責任を持って取り組みたいと思っています。
でも、責任感が強くなりすぎると、
自分が背負わなくてもいいものまで背負ってしまう。
そんなことがあるように思います。
誰かの機嫌。
誰かの評価。
組織の仕組み。
自分では決められないこと。
まだ起きていない問題。
もちろん、仕事上必要な範囲では考えなければいけません。
でも、それらすべてを自分の心の中に持ち込んでしまうと、仕事はどんどん重くなります。
そして、仕事の出来事が自分自身の価値と結びついてしまう。
仕事でうまくいけば、
「自分は大丈夫だ」
と思う。
逆にうまくいかなければ、
「自分は駄目なのではないか」
と思う。
こうなると、仕事は単なる「生活の一部」ではなくなってしまいます。
自分自身そのものになってしまう。
今思えば、以前の私は少しそうなっていたのかもしれません。
だからこそ、
「ちゃんと仕事をすること」と「仕事のすべてを自分の問題にすること」は分けて考えていい。
そう思うようになりました。
第2章 仕事には、必要な熱量だけを使う
では、仕事への熱量を下げればいいのでしょうか。
私は、少し違うと思っています。
むしろ、
「必要なところに、必要なだけ熱量を使う」
という感覚です。
仕事中は仕事をする。
目の前のことに集中する。
人間関係にも、自分なりに誠実に向き合う。
できることをやる。
考えるべきことは考える。
それは変わりません。
ただ、
仕事中に使う熱量と、仕事が終わった後まで使う熱量は別にする。
そんな意識を持つようになりました。
仕事中は、ある意味で「仕事人」として自分を使う。
そして、仕事が終われば、その役割から少し離れる。
これだけでも、ずいぶん違います。
以前は、
「今日の仕事を完璧に終わらせなければ」
という気持ちが強かった。
でも今は、
「今日できることをやろう」
くらいに思える日があります。
もちろん、やるべきことを放棄するわけではありません。
ただ、
「今の自分にできることをする」
というところに、自分の基準を置いてみる。
そうすると、少し心が軽くなります。
すべてをコントロールしようとしなくなるからです。
第3章 心の余白は、空っぽではない
仕事に使う熱量を少し調整すると、あるものが見えてきました。
それが、
「心の余白」
です。
以前の私は、仕事で心をいっぱいにしていたのかもしれません。
仕事中に考える。
仕事が終わってからも考える。
休日にも考える。
そうすると、自分の中に余白がありません。
余白がないから、新しいことを考えることもできない。
何かを楽しむ気力もなくなる。
ただ疲れている。
そんな状態になってしまいます。
でも、心に少し余白ができると、不思議なことが起こります。
帰宅して、
「今日は何をしようかな」
と思える。
休日なら、
「明日は何をしようかな」
と楽しみにできる。
早朝ウォーキングのことを考える。
ブログの続きを考える。
身体を動かそうと思う。
家のことをやってみようと思う。
家族との時間を楽しむ。
何かをしなければならないわけではありません。
ただ、
「仕事以外のことを考えるスペース」が戻ってくる。
これが私にとって、とても大きな変化でした。
心の余白というと、
「何もない状態」
のように聞こえるかもしれません。
でも、実際は逆なのだと思います。
余白があるからこそ、
自分の人生に何を入れるのかを選べる。
仕事でいっぱいだった心に、少しスペースを作る。
そこへ、自分の好きなものや大切なものを入れていく。
そう考えると、心の余白は「空白」ではなく、
自分の人生を入れるための場所
なのかもしれません。
第4章 余白ができたら、そこを自分のために使ってみる
そして最近、私はこの余白を「休むためだけ」に使う必要もないのではないかと思っています。
もちろん、休むことは大切です。
何もしない時間も必要です。
でも、少し元気があるなら、その余白を自分のために使ってみる。
例えば、歩く。
身体を動かす。
本を読む。
ブログを書く。
家のことをする。
植物を育てる。
家族と過ごす。
何かを作る。
そんな小さなことでいい。
私は休日の早朝ウォーキングを楽しみにするようになりました。
前日の夜から、
「明日は歩こう」
と思っている。
朝、実際に歩く。
身体を動かしているうちに、心も少しずつ整っていく。
帰ってきた頃には、身体には疲労感があるのに、心には静かなやる気がある。
以前の私なら、
「休日は仕事の疲れを取らなければ」
と考えていたかもしれません。
でも今は、
「休日は自分の人生を楽しむために使ってもいい」
と思えるようになってきました。
これは、仕事を軽視することとは違います。
仕事に使う時間と熱量を適切にすることで、
仕事以外の自分にも、ちゃんとエネルギーを渡せるようになった。
そんな感覚です。
そして、その余白を自分のために使っていると、
「自分は何が好きなんだろう」
「何をしていると充実するんだろう」
といったことも、少しずつ見えてきます。
仕事だけを見ていた頃には、見えなかったものです。
まとめ 仕事に使う熱量を減らすのではなく、人生に使う熱量を増やす
私は、仕事を頑張らなくなりたいわけではありません。
仕事から逃げたいわけでもありません。
むしろ、仕事中は仕事に集中したい。
目の前のことに、自分なりの熱量を持って取り組みたい。
ただ、
仕事に使う熱量のすべてを、自分の人生から持ってくる必要はない。
そんなことを、最近少しずつ感じています。
仕事には仕事の時間がある。
そして、仕事が終われば、自分の時間がある。
仕事に使う熱量を少しだけ調整する。
すると、心に余白が生まれる。
その余白を、自分の人生に使ってみる。
歩く。
考える。
作る。
楽しむ。
家族と過ごす。
何もしない。
何でもいい。
大切なのは、
「仕事以外にも、自分の人生がある」
ということを忘れないことなのかもしれません。
私は以前、仕事で疲れたら休む。
それだけだったように思います。
でも今は、
「仕事で使った自分を回復させる」だけではなく、「回復した自分を、自分の人生に使ってみる」
という考え方に変わってきました。
仕事に使う熱量を減らすことが目的なのではありません。
むしろ、
自分の人生に使える熱量を残しておく。
そのために、仕事との距離を少し調整してみる。
もしかすると私に必要だったのは、
「もっと頑張ること」ではなく、
「どこまでを仕事に使い、どこからを自分の人生に使うのかを考えること」
だったのかもしれません。
そして、心に余白ができたとき、私はようやく気づき始めました。
仕事が人生を占めているときには見えなかった、
「仕事の外側にある、自分の生活」
が、思っていたよりずっと大きいことに。
その生活を、もう少し大切にしてみてもいいのかもしれません。
そう思えるようになったこと自体が、
私にとっては、仕事との距離が少し変わり始めた証拠なのだと思います。

