こんにちは ヨハニです。 ※本ページはプロモーションを含みます。
前回、私は「仕事に、すべての熱量を使わなくてもいい」という話を書きました。
仕事を適当にするわけではない。
仕事中は仕事人として、できることをする。
責任を持って取り組む。
でも、仕事が終わった後まで、仕事のために心を使い続けなくてもいい。
そんなふうに考えるようになってきました。
すると、不思議なことが起こりました。
仕事との距離を少し取ることで、何かを失ったのではありません。
むしろ、
「自分の生活」が戻ってきたように感じるようになったのです。
以前の私は、仕事で疲れると、
「休まなければ」
と思っていました。
休日も、できるだけ身体を休ませる。
何もしない。
仕事の疲れを取る。
それも必要なことだったと思います。
でも、最近は少し違います。
仕事が終わった帰り道に、
「今日一日、頑張った。さあ、何をしようか」
と思える日がある。
休日の前日には、
「明日は何をしようかな」
と考える。
早朝ウォーキングを楽しみにする。
ブログを書こうと思う。
身体を動かそうと思う。
家族と何をしようか考える。
そんな小さな楽しみが、少しずつ増えてきました。
どうやら私は、
「休むための生活」から、「生活を楽しむための生活」へ
少しずつ移り始めているようです。
第1章 疲れているから、何もしない。それだけではなかった
仕事で疲れている。
だから休む。
これは、とても自然なことです。
私も、以前はそうしていました。
仕事から帰る。
疲れている。
だから何もしたくない。
休日になっても、
「とにかく休もう」
と思う。
もちろん、それで体力が回復することもあります。
でも、心まで回復しているかというと、そうでもないことがありました。
身体は休んでいる。
でも頭の中では仕事のことを考えている。
「あれはどうだったかな」
「明日はどうなるかな」
「また何か起きたら嫌だな」
そんなことを考えている。
すると、
身体を休めているのに、心は仕事を続けている。
これでは、本当の意味で休めていなかったのかもしれません。
そこで、仕事との距離を少し意識するようになりました。
仕事が終わったら、仕事を置いて帰る。
今日できることをやったら、
「今日はここまで」
と思う。
過去のことは必要以上に引きずらない。
まだ起きていないことまで、今から心配しない。
そうすると、少しずつ心に余白ができてきました。
そして、その余白に入ってきたのが、
「何をしようかな」
という気持ちでした。
これは、以前の私にはあまりなかった感覚です。
第2章 「さあ、何をしようか」と思える帰り道
最近、仕事からの帰り道が楽しみになることがあります。
毎日ではありません。
仕事中に嫌なことがあった日でもあります。
それでも、
「今日は今日」
と手放すことができた日は、帰り道の感覚が違います。
張りつめていた気持ちが、少しずつほどけていく。
疲れた身体が、仕事という役割から解放されていく。
そして、
「今日一日、頑張った。さあ、何をしようか」
と思う。
この感覚が、何とも言えず心地いい。
仕事から逃げたいわけではありません。
むしろ、仕事中は仕事に集中できる。
だからこそ、終わったら自分の時間に戻れる。
以前は、
「仕事が終わった」
という感覚しかなかったのかもしれません。
今は、
「自分の時間が始まった」
という感覚があります。
この違いは、かなり大きいと思います。
そして面白いことに、その帰り道の充実感が、翌日の仕事へのモチベーションになることもあります。
「明日も仕事か……」
だけではない。
「明日を終えたら、また自分の時間がある」
と思える。
仕事の先に、ちゃんと自分の生活が見えている。
それだけで、仕事との向き合い方まで少し変わってくるように感じます。
第3章 小さな楽しみが、生活を支えてくれる
心に余白ができると、大きな楽しみを探さなくてもよくなりました。
むしろ、
小さな楽しみが増えていく。
休日の早朝ウォーキング。
前日から、
「明日は歩こう」
と楽しみにする。
朝起きて、外へ出る。
身体を動かす。
新鮮な空気を吸う。
歩いているうちに、心と身体が少しずつ整っていく。
小さなことが気にならなくなる。
大きなことも、少し客観的に見られるようになる。
そして歩き終わる頃には、
身体には心地よい疲労感があり、心には静かなやる気がある。
改めて考えると、
「たったウォーキングで?」
と思ってしまいます(笑)。
でも、私にとっては本当にそうなのです。
スクワットもそうです。
帰宅後や、ふと思いついたときに身体を動かす。
すると、気分が少し前向きになる。
その結果として筋肉もついてくる。
そして、
「自分の身体を自分で整えている」
という静かな自信にもつながる。
ブログもそうです。
頭の中にあることを書き出す。
考える。
言葉にする。
すると、
「自分はこんなことを考えていたんだ」
と分かる。
どれも、人生を一気に変えるような大きな出来事ではありません。
でも、
小さな行動が、小さな充実感を生み、その充実感が次の行動を生む。
そんな循環が、少しずつできているように思います。
第4章 仕事以外の自分が増えると、仕事の大きさが変わって見える
以前は、仕事が自分の中でかなり大きな存在だったと思います。
仕事で嫌なことがある。
すると、一日の気分が悪くなる。
休日まで気分が悪くなる。
未来まで暗く見える。
それだけ、仕事が自分の人生の大きな部分を占めていたのでしょう。
でも、仕事以外の時間に少しずつ楽しみが増えてくると、仕事の大きさが変わって見えてきます。
仕事は大切です。
生活を支えてくれるものでもあります。
責任もあります。
だから、なくす必要はありません。
ただ、
「仕事だけが自分の人生ではない」
と実感できるようになる。
これが大きいのだと思います。
仕事で嫌なことがあった。
でも、家に帰れば家族がいる。
休日になれば歩ける。
ブログも書ける。
身体も動かせる。
家のこともできる。
植物のことも考えられる。
何もしたくなければ、何もしなくてもいい。
そういうものが、自分の人生の中に少しずつ増えてくる。
すると、
「仕事で嫌なことがあったから、人生も嫌だ」
とは思わなくなる。
仕事は仕事。
そして、自分の人生は自分の人生。
そんな感覚が少しずつ育ってきました。
考えてみれば、
仕事の問題を小さくするより、自分の人生を大きくする方が早いのかもしれません。
仕事の嫌な部分をゼロにすることは、私にはできません。
でも、仕事以外の「良いもの」を一つ増やすことならできます。
そうしていけば、
仕事の占める割合は、自然と小さくなっていく。
そんな考え方もできるのだと思います。
まとめ 「休む」だけではなく、「自分の人生に戻る」
仕事との距離を考え始めて、私は「休む」ということについても少し考え方が変わりました。
以前は、
仕事で疲れたから休む。
それが中心でした。
今は、
仕事を終えたら、自分の人生に戻る。
という感覚があります。
もちろん、疲れていれば休めばいい。
何もしなくてもいい。
でも、少し元気があるなら、
歩いてみる。
身体を動かしてみる。
ブログを書いてみる。
家族と過ごす。
何かを作ってみる。
小さな楽しみを仕込んでおく。
そうすると、仕事の外側にある自分の人生が少しずつ大きくなっていきます。
そして、それは仕事を嫌いになることとは違います。
仕事を軽視することでもありません。
むしろ、
仕事以外にも大切なものがあると分かるからこそ、仕事を必要以上に重く受け止めなくなる。
そんな変化なのだと思います。
以前の私は、
「仕事で嫌なことが起こらない未来」
を求めていたのかもしれません。
でも今は、
「嫌なことがあっても、それ以外の時間を自分らしく過ごせる人生」
の方がいいと思うようになりました。
完璧な一日でなくてもいい。
大満足の人生でなくてもいい。
仕事で疲れる日があってもいい。
それでも、
「今日は仕事が終わった。さあ、何をしようか」
と思える。
休日を少し楽しみにできる。
小さなことに心が動く。
そんな日が増えていく。
私は最近、
人生を好転させるのは、大きな決断だけではないのかもしれない
と思っています。
仕事との距離を少し変える。
心に余白をつくる。
その余白に、小さな楽しみを入れる。
その積み重ねによって、
いつの間にか、
「仕事中心の生活」から「自分の人生の中に仕事がある生活」へ
変わっていくのかもしれません。
そして、仕事から帰る途中に感じる、あの不思議な充実感。
張りつめた心がほどけ、
疲れた身体が解放され、
「今日一日、頑張ったな」
と思える瞬間。
その先に、
「さあ、何をしようか」
と思える自分がいる。
私は今、その感覚を大切にしたいと思っています。
それはもしかすると、
自分の人生が、少しずつ自分の手元に戻ってきている証拠なのかもしれません。

