こんにちは ヨハニです。 ※本ページはプロモーションを含みます。
仕事が終われば、仕事も終わる。
以前の私は、そんな当たり前のことができていなかったように思います。
会社を出る。
タイムカードを押す。
家に帰る。
それでも、頭の中では仕事が続いている。
今日あった嫌な出来事を思い返す。
「あのとき、ああ言えばよかった」
「明日はどうなるだろう」
「また同じことが起きたらどうしよう」
そんなことを考えているうちに、体は家に帰っているのに、心だけはまだ職場に残っている。
そして、休日になっても仕事のことを考えてしまう。
まだ起きていないことまで心配する。
今思えば、かなり疲れる生活をしていたのだと思います。
もちろん、仕事をしていれば嫌なこともあります。
人間関係で悩むこともあります。
組織の中で働いていれば、自分ではどうにもできないこともあります。
だから、仕事で悩むこと自体が悪いわけではありません。
私が少しずつ気づき始めたのは、
「仕事で何が起こったか」だけではなく、「その出来事を仕事の外まで持っていってしまうこと」が、自分を疲れさせていたのではないか。
ということでした。
第1章 仕事が終わっても、心の中では仕事が続いていた
以前の私は、仕事中に嫌なことがあると、それを簡単には手放せませんでした。
帰宅してからも考える。
食事をしながら考える。
休日になっても思い出す。
そして、まだ起きていないことまで考える。
今思えば、これは「考えている」というより、仕事から離れられていなかったのかもしれません。
仕事が終わった後にまで、仕事について一生懸命考えている。
でも、その時間に何かが解決するわけでもない。
むしろ、疲れている頭で何度も同じことを考えることで、嫌だった出来事が自分の中で大きくなっていく。
そして、次の日の仕事を想像して、また不安になる。
こうして、
仕事中の出来事が、仕事が終わった後の自分の時間まで支配していく。
そんな状態になっていたように思います。
しかも厄介なのは、実際に起こったことだけではありません。
「明日は嫌なことが起こるかもしれない」
「また何か問題が起きるかもしれない」
という、まだ起きていない未来まで心配してしまう。
今振り返ると、
起きたことへの不安と、起きていないことへの不安。
その両方に、自分の心を使っていたのだと思います。
それでは疲れてしまいますよね(笑)。
第2章 「嫌なことが起こらないように」と考えるほど、仕事が重くなった
もう一つ、自分を疲れさせていたものがありました。
それは、
「嫌なことが起こらないようにする」ことに意識を使いすぎていたこと
です。
仕事をしていれば、ある程度は予測できます。
「これは問題になりそうだ」
「こういうことを言われるかもしれない」
「また同じようなことが起こるかもしれない」
そう考えて、先回りする。
もちろん、それが必要な場面もあります。
仕事には責任があります。
準備も必要です。
反省することも必要です。
でも、いつの間にか、
「うまく仕事をする」よりも、「嫌なことが起こらないようにする」
ことが目的になってしまうと、仕事は急に苦しくなります。
なぜなら、嫌なことを完全になくすことなどできないからです。
人間関係もそうです。
組織の仕組みもそうです。
自分以外の人が関わる以上、予測できないことは起こります。
それなのに、
「起こらないようにしなければ」
と考え続ける。
これでは、仕事中も心が休まりません。
そして、仕事が終わっても、
「明日は大丈夫だろうか」
と考えてしまう。
私は少しずつ、
「嫌なことが起こらない仕事」を目指すのではなく、「嫌なことが起きても、それを必要以上に自分の人生へ持ち込まない」
という考え方が必要なのではないかと思うようになりました。
第3章 「今日一日」を終わらせる
そんな中で、最近になって少し不思議な変化を感じることがあります。
仕事からの帰り道です。
毎日ではありません。
でも、ある日突然、
張りつめていた気持ちがふっと解ける瞬間があります。
疲れているはずなのに、心には不思議な充実感がある。
「ああ、今日一日頑張ったな」
そして、
「さあ、何をしようか」
と思える。
その瞬間が、私はとても好きです。
仕事中に何も嫌なことがなかった日だけ、そうなるわけではありません。
むしろ、仕事中にいろいろなことがあった日でも、
「今日は今日だ」
と手放すことができた日は、帰り道の感覚が違うのです。
そこで私は気づきました。
もしかすると、充実感を左右しているのは、
「仕事で何があったか」だけではないのではないか。
それよりも、
「その一日を、自分がどう過ごしたか」
の方が大きいのかもしれない。
人間関係で何かあったとしても、
「自分は自分なりに前向きに対応できた」
と思える。
失敗したとしても、
「今日はここまでやった」
と思える。
できなかったことがあっても、
「今の自分にできることはやった」
と思える。
そうやって一日を自分の中で終わらせる。
すると、仕事を家まで持ち帰らなくてもよくなる。
過去を何度も振り返る必要もなくなる。
まだ起きていない未来を、今から心配する必要もなくなる。
そして、
「今日一日」を今日の中に置いて帰る。
そんな感覚が、少しずつ分かってきました。
第4章 仕事と自分を、少し離してみる
私は以前、仕事と自分がかなり近いところにあったのだと思います。
仕事でうまくいけば、自分も良い。
仕事でうまくいかなければ、自分も駄目。
仕事で嫌なことが起これば、自分の生活まで嫌になる。
そんなふうに、仕事と自分の境界線が曖昧だったのかもしれません。
でも、少しずつ考え方が変わってきました。
仕事は大切です。
責任を持って取り組みたい。
できることなら、良い仕事をしたい。
だからこそ、仕事中は「仕事人」として自分の力を使えばいい。
人間関係にも、自分なりに向き合えばいい。
目の前の仕事にも、自分のできることをすればいい。
ただ、
仕事で起きたことのすべてを、自分自身の問題にしなくてもいい。
そう思えるようになってきました。
誰かの機嫌まで、自分の責任ではない。
組織の仕組みまで、自分一人で変える必要はない。
過去に感情的になってしまったことも、何度も自分を責め続ける必要はない。
もちろん、反省はします。
必要なら改善もします。
でも、
反省することと、自分を責め続けることは違う。
そう考えるようになりました。
そして仕事が終わったら、
「今日の自分はここまで」
と区切る。
会社を出たら、少しずつ「自分」に戻っていく。
家に帰れば家族との時間がある。
休日には自分の時間がある。
歩きたければ歩く。
ブログを書きたければ書く。
身体を動かしたければ動かす。
何もしない日があってもいい。
そうやって、仕事以外の自分を少しずつ取り戻していく。
すると不思議なことに、
仕事を軽く扱っているわけではないのに、仕事の存在が以前ほど重くなくなってきました。
まとめ 仕事を終えるとは、会社を出ることだけではなかった
今でも、仕事を引きずってしまう日はあります。
毎日完璧に切り替えられるわけではありません。
だから、これは「仕事との距離を完全にコントロールできるようになった」という話ではありません。
ただ、
「仕事が終わったら、自分の人生に戻っていい」
という感覚は、以前より強くなってきました。
そして、その感覚があるだけでも、ずいぶん違います。
仕事で嫌なことが起きる。
それは仕方がない。
不安になることもある。
それも仕方がない。
でも、
その不安を、休日まで連れていく必要はない。
過去の出来事を何度も考え続ける必要もない。
まだ起きていない未来を、今から全力で心配する必要もない。
今日できることをやったら、
「今日はここまで」
と終わらせてもいい。
そして帰り道に、
「今日一日、頑張った。さあ、何をしようか」
と思えたなら、それでいいのかもしれません。
私は最近、その帰り道が少し楽しみになっています。
仕事から解放されるというより、
「仕事以外にも、自分の人生がある」
と実感できるからです。
もしかすると、私が探している「仕事とのちょうどいい距離」は、仕事を遠ざけることではないのかもしれません。
仕事をちゃんと仕事として扱い、
自分の人生をちゃんと自分の人生として扱う。
その二つを、少しずつ分けていくこと。
そのためには、まず、
仕事が終わった後まで、仕事を頑張らない。
そんな小さなところから始めてもいいのかもしれません。

