ヨハニログ

かっこいいを忘れていた私⑤~自分の『かっこいい』を、これから育てていく~241

第1章 私が思う「かっこいい」は、派手なものではなかった

これまで私は、「かっこいい」という言葉を、どこか大きなものとして考えていたのかもしれません。

仕事で成功する。

お金をたくさん稼ぐ。

人から認められる。

何か大きなことを成し遂げる。

そんなものを「かっこいい」と考えていた時期もあったと思います。

でも、今は少し違います。

朝、ちゃんと起きて歩く。

身体を動かす。

好きな器でお茶を飲む。

本を読む。

お香を焚く。

家を整える。

庭に植物を育てる。

家族との時間を大切にする。

仕事だけを人生の中心にしない。

疲れたら、ちゃんと休む。

自分の好きなものを、「好きだ」と言う。

そして、空を見上げて、

「この雲、いいな」

と思ったら写真を撮る。

そんなことでいい。

むしろ、そういう何気ないことを大切にできる人の方が、私にはかっこよく見えます。

誰かに見せるためではなく、

自分の人生を、自分自身がちゃんと味わっている。

そんな生き方です。

第2章 「かっこいい」は、生活の中に仕込んでいく

最近、私は「人生に期待するのではなく、自分の生活に仕込みを入れていく」という考え方を大切にしています。

未来が良くなることを、ただ待っているのではなく、

「今の生活に、未来につながる小さな仕込みを入れておく」

という考え方です。

これは、「かっこいい」にも当てはまると思います。

いつか理想の自分になるのではない。

今の生活の中に、

「こういう自分でありたい」

と思えるものを少しずつ入れていく。

ウォーキングを続ける。

身体を鍛える。

本を読む。

好きな器を使う。

お茶を飲む。

庭を整える。

家を整える。

自分の考えを文章にする。

気になったものを写真に残す。

こうした小さな仕込みが、少しずつ自分の輪郭を作っていく。

そして、ある日振り返ったとき、

「いつの間にか、こんな生活になっていたな」

と思える。

それでいいのだと思います。

「かっこいい人生」を一気に作る必要はない。

毎日の生活の中に、自分の「かっこいい」を少しずつ仕込んでいけばいい。

第3章 ヨハニログも、私の「作品」になっていた

そして、今回このシリーズを書きながら、改めて思ったことがあります。

ヨハニログも、いつの間にか私にとって一つの「作品」になっていました。

最初は、副収入を得たいという気持ちから始めたブログでした。

もちろん、今でもお金になったら嬉しいです(笑)。

できれば、いつかマネタイズもしたい。

でも、今はそれだけではありません。

自分が考えたこと。

悩んだこと。

気づいたこと。

これからどう生きたいのか。

仕事との距離。

家族との生活。

身体を整えること。

自分の好きなもの。

そういうものを、文章にして残していく。

そして、その文章を読み返すことで、

「自分はこんなことを考えていたんだな」

と、自分自身を知ることもできる。

ブログを書くことが、いつの間にか、

自分自身との対話の時間

になっていました。

さらに最近は、「一服」という場所も作ってみたいと思っています。

お茶。

器。

お香。

本。

お酒。

サウナ。

ウォーキング。

そして、雲。

一見すると、何の役に立つのか分からないものばかりです(笑)。

でも、そこに私の「好き」があります。

それを残していく。

そう考えると、ヨハニログは単なるブログではなく、

「自分がどんな人生を作っていくのか」を残していく作品

なのかもしれません。

第4章 自分の「かっこいい」を生きてみる

もちろん、これからも迷うと思います。

仕事で悩むこともあるでしょう。

家族のことで悩むこともある。

お金のことで悩むこともある。

体調を崩すことだってあるかもしれません。

人生ですから、全部が思い通りになるわけではありません。

それでも、

「自分はどうありたいのか」

という問いだけは、忘れないようにしたい。

人からどう見えるかではなく、

「自分は、この選択をかっこいいと思えるか?」

と考えてみる。

もちろん、いつも自分の好きなようにできるわけではありません。

家族がいれば、家族との調整も必要です。

仕事をしていれば、責任もあります。

社会の中で生きている以上、自分の思いだけで全てを決めることはできません。

それでも、その制約の中で、

「自分はどう生きたいのか」

を考えることはできます。

そして、その答えを少しずつ生活に落としていく。

私は、それを続けていきたいと思っています。

まとめ 「かっこいい」は、自分の人生を自分で選んだ証なのかもしれない

今回、「かっこいい」という言葉について、改めて考えてみました。

そして今の私は、

「かっこいいとは、こういうものだ」

とは思っていません。

人によって違うからです。

ある人にとっては仕事かもしれない。

ある人にとっては家族かもしれない。

ある人にとっては趣味かもしれない。

ある人にとっては、静かな一人の時間かもしれない。

大切なのは、

自分自身が「これを大切にして生きたい」と思えること。

そして、それを少しずつ自分の生活に取り入れていくこと。

私は、これからそうやって自分の「かっこいい」を育てていきたいと思います。

誰かと比べる必要はない。

誰かに認めてもらう必要もない。

もちろん、共感してもらえたら嬉しい。

誰かの人生の参考になれたら、もっと嬉しい。

そして、もしヨハニログからお金まで生まれたら……

それはそれで、めちゃくちゃ嬉しい(笑)。

私はもう一度、

自分の「かっこいい」を探し始めました。

そして、これからはそれを、

生活の中で少しずつ育てていきたい。

40代の今だからこそできること。

40代の今だからこそ分かること。

40代の今だからこそ楽しめること。

それらを一つずつ拾いながら、これからの人生を作っていく。

いつか歳を重ねたとき、

「あの頃から、少しずつ自分の人生を作ってきたんだな」

と思えたらいい。

そして、

「まあ、俺の人生もなかなかかっこいいじゃないか」

と、自分自身に言えたら。

それで十分なのだと思います。

「かっこいい」を忘れていた私が、

もう一度、自分の「かっこいい」を育て始める。

この旅は、まだ始まったばかりです。

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