こんにちは ヨハニです。
※本ページはプロモーションを含みます。
このシリーズでは、
「人生を変えたい」と考えているうちに、考えることそのものに疲れてしまったこと。
考えているだけだと、理想の自分がどんどん大きくなってしまったこと。
そして、実際に少し動いてみると、
「あれ? 自分が欲しかったものって、こんなに大きなものじゃなかったのかもしれない」
と思うようになったこと。
そんなことを書いてきました。
そして前回は、
「自分を納得させるために必要なのは、大きな成果ではなく、小さな行動なのではないか」
というところまで考えました。
今回は、このシリーズの最後です。
ここまで考えてきたことを、もう一度自分自身に問いかけてみたいと思います。
第1章 「もっと」を追いかけることに終わりはない
私はこれまで、
「もっと」
という言葉を、たくさん使ってきました。
もっと健康になりたい。
もっと仕事ができるようになりたい。
もっとお金が欲しい。
もっと知識をつけたい。
もっと良い人間になりたい。
もっと家族を大切にしたい。
もっとブログを成長させたい。
もっと充実した人生を送りたい。
「もっと良くなりたい」
という気持ちは、決して悪いものではありません。
人間には、向上心があります。
昨日より今日。
今日より明日。
少しずつでも良くなっていきたい。
それは自然なことです。
でも、最近思うのです。
「もっと」を追いかけ始めると、終わりがない。
例えば、
「健康になりたい」
と思って、健康になったとします。
すると、
「もっと体力をつけたい」
となる。
体力がつけば、
「もっと若々しくなりたい」
となる。
仕事でも同じです。
結果が出れば、
「もっと上を目指したい」
となる。
収入が増えれば、
「もっと欲しい」
となる。
ブログの記事数が増えれば、
「もっとアクセスが欲しい」
となる。
そうやって、
「もっと」を満たすために、また「もっと」が生まれる。
これには終わりがありません。
第2章 「これでいい」は、諦めではなかった
だからといって、
「もう何も頑張らなくていい」
という話ではありません。
ここは、私自身もかなり考えました。
「これでいい」
と思ってしまったら、成長しなくなるのではないか。
向上心がなくなるのではないか。
努力をやめてしまうのではないか。
でも、最近は少し違うように思っています。
「これでいい」と思うことと、「もっとやってみたい」は両立する。
例えば、
「今日はこれで十分だ」
と思いながら、
「明日はもう少しやってみよう」
と思ってもいい。
今日30分歩いて、
「今日は十分だな」
と思う。
でも、
「明日は40分歩いてみようかな」
と思ってもいい。
今日一本ブログを書いて、
「今日はこれでいい」
と思う。
でも、
「次はもっと良い記事を書いてみよう」
と思ってもいい。
つまり、
「これでいい」は、成長を止める言葉ではない。
むしろ、
今の自分を否定せずに、次へ進むための言葉
なのではないでしょうか。
第3章 「納得」と「満足」は少し違う
ここまで考えて、私は、
「納得」と「満足」は少し違うのではないかと思うようになりました。
満足というと、
「もう何もいらない」
という感じがします。
でも、納得は違う。
「もっと良くできたかもしれない」
と思っていても、
「今日はこれでよかった」
と思える。
それが納得なのではないでしょうか。
例えば、仕事で完璧な結果が出なかったとしても、
「自分なりにはやった」
と思える。
ブログの記事が完璧ではなくても、
「今の自分にできることはやった」
と思える。
休日に予定していたことを全部できなくても、
「今日はこれくらいで十分だ」
と思える。
それなら、
納得は、完璧とは違う。
100点を取ったから納得するのではない。
自分の中で、
「これなら受け入れられる」
と思えればいい。
私は、ここがかなり大切なのではないかと思っています。
第4章 何者かになるより、「今日」をちゃんと生きる
若い頃の私は、
「何者かになりたい」
という気持ちが強かったと思います。
仕事で結果を出したい。
認められたい。
成功したい。
自分には価値があると思いたい。
だから、結果を追いかけました。
そして実際に、結果が出れば嬉しかった。
自信にもなりました。
でも40代になって、
少しずつ考え方が変わってきました。
今でも結果は欲しいです(笑)。
できるなら、良い結果を出したい。
ブログも成長してほしい。
仕事でも、できることなら良い仕事をしたい。
でも、
「結果が出なければ、自分の人生には意味がない」
とは思わなくなりました。
それよりも、
今日、自分なりに動いたか。
今日、体を少し使ったか。
今日、家族と過ごしたか。
今日、やりたいことを少しでもやったか。
今日の自分に、
「まあ、よくやった」
と言えるか。
そちらの方が、今は大切になってきました。
第5章 人生を変える必要は、本当にあるのだろうか
ここまで来ると、最初の問いに戻ります。
私はずっと、
「人生を変えたい」
と思っていました。
でも、今は少しだけ疑問があります。
本当に、
「人生そのものを変える必要があるのだろうか?」
と。
もちろん、大きな環境の変化が必要な人もいます。
仕事を変える。
住む場所を変える。
人間関係を変える。
そういう決断が人生を救うこともあります。
だから、「変わらなくていい」という話ではありません。
ただ私の場合、
「人生を変えなければ」
と考えすぎていたのかもしれません。
人生という大きなものを、一気に変えようとしていた。
でも実際には、
一日を変える。
一週間を変える。
休日の過ごし方を変える。
体の使い方を変える。
家との付き合い方を変える。
仕事との向き合い方を変える。
そうやって、
小さなところから少しずつ変わっていけばいい。
その方が、ずっと現実的です。
そして、その小さな変化を積み重ねているうちに、
振り返ったら、
「あれ? 昔と結構違うな」
となっている。
人生なんて、案外そういうものなのかもしれません。
まとめ 結局は、自分を納得させることなのでは?
このシリーズを書きながら、私は何度も、
「結局、自分は何を求めていたのだろう?」
と考えました。
もっと成功したかったのか。
もっとお金が欲しかったのか。
もっと健康になりたかったのか。
もっと立派な人間になりたかったのか。
もっと充実した人生を送りたかったのか。
もちろん、どれも少しずつあります。
でも、その奥にあるものを一つ選ぶなら、
私は、
「自分自身に納得したかった」のではないか。
と思います。
「これでいい」
と思いたかった。
「今日もよくやった」
と思いたかった。
「この人生でよかった」
と、いつか思いたかった。
そのために、
もっと頑張ろうとした。
もっと結果を出そうとした。
もっと理想の自分に近づこうとした。
でも、考えているだけでは、
理想の自分はどんどん遠くなりました。
ところが、
少し歩く。
少し汗をかく。
少し家を整える。
少し本を読む。
少しブログを書く。
少し家族と過ごす。
そんな小さな行動をすると、
不思議なことに、
「これくらいで、結構いいな」
と思える。
そして、
「今日はこれでいい」
と思える。
もしかすると、
私がこれまで求めていたのは、
ものすごい人生ではなかったのかもしれません。
誰もが驚くような成功でもない。
とんでもない偉人になることでもない。
何か大きなものを成し遂げることでもない。
もちろん、そういうものを目指す人がいてもいい。
私だって、これから何か大きなことをしたくなるかもしれません(笑)。
でも、
大きなものを目指さなければ、自分の人生に納得できないわけではない。
そう思えるようになってきました。
今日、自分で決めたことを一つやった。
体を動かして、良い具合に疲れた。
少しだけ家を整えた。
家族と笑った。
ブログを書いた。
そして一日の終わりに、
「まあ、今日はこれでいいか」
と思う。
それでいい。
いや、
それがいいのかもしれません。
人生は、
「何者になるか」
を決めることではなく、
「今日の自分を、自分自身がどう受け止めるか」
の積み重ねなのかもしれない。
だから私は、これからも考えると思います。
私は考えることが好きですから(笑)。
これからどう生きようか。
何をやってみようか。
どんな暮らしにしようか。
仕事とどう付き合おうか。
ブログをどう育てようか。
いろいろ考えるでしょう。
でも、これからは、
考え終わるまで動かないことだけは、少し減らしていきたい。
完璧な答えがなくても、
少しやってみる。
歩いてみる。
作ってみる。
書いてみる。
整えてみる。
そして、現実から答えをもらう。
その結果、
「やっぱり違うな」
と思えば、また考えればいい。
「これは結構いいな」
と思えば、続ければいい。
そして最後に、
「今日の自分は、これでよかった」
と思えればいい。
そうやって一日一日を積み重ねていった先に、
いつか人生そのものを振り返って、
「まあ、この人生でよかったんじゃないかな」
と思えたら。
それが私にとっての、
「自分を納得させる」ということなのかもしれません。
「人生を変えなければ」と考え続けていた私が、
今は少しだけ、
「人生を変えるより、今日をちゃんと生きてみよう」
と思えるようになりました。
そして、シリーズを書き終えた今、
最初に決めたタイトルをもう一度眺めてみます。
『結局は、自分を納得させることなのでは?』
今の私には、
まだ「そうだ」と断言する自信はありません。
でも、
「そうなのかもしれないな」
とは思っています。
そして、今日もまた、
小さく一つ、やってみようと思います。
それで今日の自分が、
「まあ、よくやった」
と言ってくれれば、
今日は、それで十分です。
