ヨハニログ

私の繊細さは、私をどこへ連れていくのだろう③~私は『自分に戻る』ための時間を作っている~

① 「自分に戻る」って、どういうことだろう

自分を変えることではない

「自分に戻る」という言葉を使っていますが、

では、そもそも「自分に戻る」とは何なのでしょうか。

考えてみると、私はこれまで、

「もっと自分を変えなければ」

と思うことが多かったように思います。

もっと頑張る。

もっと成長する。

もっと知識をつける。

もっと健康になる。

もっと良い人になる。

もっと仕事ができるようになる。

そんなふうに、

「今の自分では足りない」

という前提で考えていたのかもしれません。

でも最近は、少し考え方が変わってきました。

自分に戻るというのは、

「新しい自分になること」

ではなく、

「もともとの自分が大切にしていたものを、もう一度思い出すこと」

なのではないか。

そんな気がしています。

何もしない時間にも意味がある

例えば、海を見ているとき。

別に何かを達成しているわけではありません。

仕事をしているわけでもない。

勉強しているわけでもない。

将来の準備をしているわけでもない。

ただ、海を見ている。

でも、そんな時間を過ごしていると、

「まあ、これでいいか」

と思えることがあります。

これは、何かを得たというより、

余計なものが少し抜けた

という感覚に近いのかもしれません。

「もっとこうしなければ」

「もっと頑張らなければ」

「このままでいいのか」

そんなことを考えていた頭が、少し静かになる。

それだけでも、十分なのかもしれません。

② 私を「自分に戻してくれるもの」

ここで、自分の生活を少し振り返ってみました。

すると、いくつか思い当たるものがあります。

歩く

まずは、歩くこと。

歩いていると、いろいろなことを考えます。

仕事のこと。

家庭のこと。

これからのこと。

ブログのこと。

時には、何も考えていません。

でも、歩き終わった後には、

「さっきまで何に悩んでいたんだっけ?」

と思うことがあります(笑)。

答えが出たわけではありません。

ただ、頭の中で絡まっていたものが、少しほどけている。

私にとって歩くことは、

考える時間であり、考えすぎたものを外へ流す時間

なのかもしれません。

読む

本を読むこともそうです。

本を読むと、新しい考え方が自分の中に入ってきます。

それなら、また「受け取る」ことではないか。

最初はそう思いました。

でも、読書には不思議なところがあります。

誰かの考えを知ることで、

「自分はどう思うんだろう?」

と考えるきっかけになる。

つまり、本を読むことは、

誰かの答えを受け取ることではなく、

自分の考えを見つけるための時間

にもなっているのかもしれません。

植物、お香、お茶

植物を育てる。

お香を焚く。

お茶を点てる。

これらには、共通しているところがあります。

急がなくていい。

すぐに結果を出さなくていい。

ただ、目の前のことをする。

植物を見る。

香りを感じる。

お湯を沸かす。

茶碗を手に取る。

そういう時間を過ごしていると、

普段の生活で頭の中にいっぱいになっているものから、少し離れることができます。

「人生について考えなければ」

という自分から、

「今、お湯を注いでいる自分」

へ戻ってくる。

そんな感覚です。

③ ブログを書くことも、「自分に戻る」ためなのかもしれない

最初は副収入のためだった

ブログを始めた理由は、最初から崇高なものだったわけではありません(笑)。

副収入が欲しかった。

それが始まりでした。

でも、書き続けているうちに、ブログの意味が変わってきました。

自分の中にあるものを文章にしてみる。

書きながら、

「自分は、こんなことを考えていたんだ」

と気づく。

さらに書く。

すると、

「だったら、これはどういうことなんだろう?」

と新しい疑問が出てくる。

また考える。

また書く。

そうしているうちに、自分の中が少し整理されていく。

考えを外へ出しているはずなのに、

結果として、

自分自身を知ることにつながっている。

これは、ブログを始めた頃には想像していませんでした。

書くことは「答えを出すこと」ではない

ブログを書いていると、

「結論を出さなければ」

と思うことがあります。

でも、最近は少し違うような気もしています。

必ずしも答えを出さなくてもいい。

「私はこう感じた」

「こんなことに気づいた」

「でも、本当にそうなのかは分からない」

そこまででもいい。

むしろ、

「考えたことを言葉にして外へ出す」

こと自体に意味があるのかもしれません。

そう考えると、ブログは私にとって、

「誰かに何かを教える場所」

だけではなく、

自分の中にあるものを、一度外へ出して、自分自身を眺め直す場所

になっているのだと思います。

④ 「自分に戻れる場所」を、少しずつ作っていく

特別な場所でなくてもいい

自分に戻るために、

特別な場所へ行く必要はないのかもしれません。

散歩する。

本を読む。

植物を見る。

お香を焚く。

お茶を飲む。

文章を書く。

家のことをする。

仕事に集中する。

海を見る。

どれも、特別なことではありません。

でも、

自分が自分でいられる時間

というものは、確かにある。

そして、それは人によって違う。

私にとっては、

「静かな時間」が必要なときもあれば、

「体を動かす時間」が必要なときもあります。

「一人で考える時間」が必要なときもあれば、

家族と過ごす時間が、自分を取り戻してくれることもあります。

だから、

「自分に戻る方法はこれです」

と一つに決める必要もないのでしょう。

自分を戻してくれるものを、生活の中に仕込んでおく

ここで、以前から考えていることともつながってきました。

私は、人生を大きく変えることより、

生活の中に小さな「仕込み」を入れていく

ことに興味があります。

歩く。

本を読む。

植物を育てる。

お香を焚く。

お茶を点てる。

ブログを書く。

体を動かす。

家を整える。

そういう小さな行動を、自分の生活の中に置いておく。

調子が悪くなってから慌てて自分を立て直すのではなく、

普段から、

「自分に戻れる場所」をいくつか持っておく。

それだけでも、人生は少し違ってくるのではないかと思っています。

まとめ 自分を変えるより、自分に戻る

今回、自分の生活を振り返ってみて、

私は思っていた以上に、

「自分に戻るための時間」

を作っていたのかもしれないと気づきました。

歩く。

読む。

植物。

お香。

お茶。

仕事。

ブログ。

創作。

海。

これらを始めたときは、

「自分に戻るためにやろう」

なんて考えていませんでした。

ただ、好きだった。

何となく心地よかった。

続けていた。

それだけです。

でも、振り返ってみると、

そこには一つの共通点があるように思います。

外からいろいろなものを受け取った自分を、もう一度、自分のところへ戻してくれる。

そんな時間だったのかもしれません。

もちろん、これも私の思い込みかもしれません(笑)。

でも、それならそれでいい。

自分にとって、

「これをすると、少し自分に戻れる」

というものを知っておく。

それだけでも、これからの人生には役に立つ気がします。

もしこの記事を読んでくださったあなたにも、

「そういえば、自分にもあるかもしれない」

と思うものがあるなら、

ぜひ一つだけ思い浮かべてみてください。

散歩かもしれません。

音楽かもしれません。

料理かもしれません。

本かもしれません。

誰かとの会話かもしれません。

一人で過ごす時間かもしれません。

何でもいい。

「これをしていると、少し自分に戻れる」

というもの。

私は、そういうものを一つずつ、自分の生活の中に増やしていきたいと思っています。

そして次回は、

ここまで考えてきた「繊細さ」について、

もう一つ、別の角度から眺めてみたいと思います。

もしかすると私は、

自分が「弱さ」だと思っていたものを、少し違う見方ができるのかもしれない。

そんなことを、考えてみたいと思います。

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