こんにちは ヨハニです。
※本ページはプロモーションを含みます。
前回の記事では、
「人生を変えたい」と考えているうちに、いつの間にか疲れてしまい、結局何もしない。
そんな自分のパターンについて書きました。
そして、もう一つ気づいたことがあります。
それは、
考えているだけの時ほど、理想の自分がどんどん大きくなっていた。
ということです。
健康になりたい。
もっと充実した人生を送りたい。
自分らしく生きたい。
仕事だけに人生を預けたくない。
家族との時間も大切にしたい。
趣味も楽しみたい。
勉強もしたい。
ブログも育てたい。
体も鍛えたい。
家も整えたい。
庭も楽しみたい。
こうして一つずつ考えていくと、
「全部できる自分になればいい」
という話になってきます(笑)。
そして気がつけば、
「私は一体、何者になるつもりなんだ?」
というところまで行ってしまう。
今振り返ると、かなり面白いことをしていたと思います。
第1章 頭の中では、何にでもなれる
考えているだけなら、失敗しません。
これが、かなり大きいのだと思います。
頭の中なら、
毎日運動できます。
毎日読書できます。
毎日早起きできます。
仕事も完璧にできます。
家族との時間も大切にできます。
ブログも毎日書けます。
家もきれいです。
庭も整っています。
食事も健康的です。
さらに、知識も豊富です。
人間関係にも余裕があります。
感情にも振り回されません。
……。
こんな人、いるのでしょうか(笑)。
少なくとも私は、頭の中では簡単になれていました。
そして、そういう理想の自分を思い描くと、気分が良くなることがあります。
「こういう人間になれたらいいな」
と思う。
「これを全部できるようになれば、きっと人生は素晴らしくなる」
と思う。
すると、
「今の自分では足りない」
という感覚が出てきます。
だから、また考える。
「じゃあ、何をすればいいのだろう?」
ここから情報収集が始まります。
本を読む。
ネットで調べる。
誰かの方法を知る。
成功した人の生活を見る。
そして、
「なるほど、これも必要なのか」
と、また一つ増える。
そうやって、
理想の自分がどんどん巨大化していく。
今考えると、少し笑ってしまいます。
第2章 「もっと良くなりたい」は、いつの間にか「今の自分ではダメ」に変わる
「もっと良くなりたい」
という気持ちは、決して悪いものではありません。
むしろ、人が成長するためには必要な気持ちだと思います。
私自身も、
「今より少し良くなりたい」
と思っているからこそ、いろいろなことを考えてきました。
問題は、
「もっと良くなりたい」が、「今の自分ではダメ」に変わってしまうこと。
ここだと思います。
今より健康になりたい。
これは自然なことです。
でも、
「今の自分は健康管理ができていない」
となる。
もっと家族との時間を大切にしたい。
これは素敵なことです。
でも、
「今までの自分は家族を大切にできていなかった」
となる。
もっと仕事以外の人生を楽しみたい。
これもいい。
でも、
「今までの人生は仕事ばかりで間違っていた」
となる。
こうして、
未来の理想を描くことが、現在の自分へのダメ出しになってしまう。
これでは、疲れて当然です。
「もっと良くなろう」
と思っているのに、
実際には自分を追い込んでいる。
私の場合、これをかなりやっていたのだと思います。
第3章 「何者かになりたい」という気持ち
そして、もっと奥にあるものを考えてみました。
私は一体、何になりたかったのだろう。
健康な人?
仕事のできる人?
家族を大切にする人?
知識のある人?
文章を書ける人?
余裕のある人?
……。
全部です(笑)。
いや、本当に全部だったのだと思います。
そして、そこには、
「何者かになりたい」
という気持ちもあったのではないかと思います。
ただ普通に生きるのではなく、
「こういう人間になりたい」
という像を持っていた。
それ自体は悪いことではありません。
人にはそれぞれ理想があります。
ただ、理想像があまりにも大きくなると、
今の自分との距離も大きくなります。
すると、
「まだまだ足りない」
となる。
そして、また考える。
「もっと努力しなければ」
「もっと知識をつけなければ」
「もっと生活を変えなければ」
そうやって、
理想を追いかけるために疲れてしまう。
今思えば、私は「何者かになること」を目標にしすぎていたのかもしれません。
第4章 ところが、実際に動くと理想が小さくなる
そんな自分が面白いと思うのは、
実際に行動すると、理想が急に現実的な大きさになることです。
例えば、
「健康のために、これから毎日しっかり運動しよう」
と考えていたとします。
頭の中では、すごい運動習慣を想像している。
ところが実際には、
「今日は30分歩いたし、これでいいか(笑)」
となる。
そして、体が適度に疲れて、
「なんか気持ちいいな」
と思う。
それだけで満足している自分がいる。
ブログも同じです。
「もっとすごいブログにしなければ」
と思っている時は、いろいろ考えます。
アクセスを増やしたい。
記事を充実させたい。
検索にも強くしたい。
もっと役立つ内容を書きたい。
そして、頭の中ではどんどん大きくなる。
でも、実際に一本の記事を書き終えると、
「今日はこれで十分だな」
と思う。
この感覚は、かなり重要だと思っています。
行動すると、自分が本当に欲しかったものが見えてくる。
そして、その多くは、
思っていたほど大きくない。
まとめ 理想を小さくすることは、諦めることではない
以前の私は、
理想が大きいことは良いことだと思っていました。
大きな夢を持つ。
大きな目標を立てる。
高いところを目指す。
それが成長につながる。
もちろん、それも一つの考え方だと思います。
でも、40代になった今の私は、
「理想を小さくすることも、悪いことではない」
と思うようになりました。
むしろ、
「自分が本当に心地よいと思える大きさ」
まで理想を戻してあげる。
それも大切なのではないかと思います。
何者かにならなくてもいい。
毎日、完璧に生きなくてもいい。
ものすごい成果を出さなくてもいい。
少し体を動かして、
少し汗をかいて、
少し家を整えて、
少し文章を書いて、
家族と話して、
「今日も悪くなかったな」
と思えれば、それでいい。
そういう日を積み重ねることも、
立派な人生だと思います。
そして不思議なことに、
理想を小さくすると、
「じゃあ、少しやってみようかな」
と思えるようになります。
大きすぎる目標は、始める前から疲れます。
でも、
「これくらいならやってみよう」
と思えることなら、体が動く。
そして、体が動くと気分が変わる。
気分が変わると、見えているものも変わる。
その結果、
「これくらいで、自分は結構満足なんだな」
と分かる。
ここまで来ると、私は一つのことを考えます。
もしかすると私は、
「理想の自分になること」で、自分を納得させようとしていたのではないか。
今よりもっとすごい人間になれば、
「これでいい」
と思える。
もっと健康になれば。
もっと仕事ができれば。
もっと知識があれば。
もっと成功すれば。
もっと立派な人間になれば。
自分自身を納得させられる。
でも、実際には違ったのかもしれません。
少し歩いた。
少し汗をかいた。
一つやるべきことを終えた。
家族と笑った。
ブログを一本書いた。
それだけで、
「今日はこれでいい」
と思える。
だとしたら、
自分を納得させるために、何者かになる必要なんてないのではないか。
そんなことを、最近考えています。
では、もし本当にそうだとしたら、
「自分を納得させる」とは、一体どういうことなのだろう。
次回はそこを、もう少し考えてみたいと思います。
もしかすると、
人生を変えるために必要なのは、大きな目標ではなく、「今日の自分が納得できる小さな行動」なのかもしれません。

