こんにちは、ヨハニです。
人生の中では、様々な出来事が起こります。
仕事での失敗。
誰かからの指摘。
思いがけないトラブル。
人からの評価。
その瞬間、私たちはその出来事をとても大きなものとして受け止めることがあります。
「どうしよう。」
「何とかしなければ。」
「このままではいけない。」
そんな焦りが生まれることもあります。
しかし、最近あることに気づきました。
それは、
出来事そのものの大きさが、いつも一定とは限らない。
ということです。
同じ出来事でも、自分がどこから見るかによって、大きさは変わって見えるのかもしれません。
1 目の前の失敗は、本当に人生を左右するものなのか
仕事をしていると、誰にでも失敗や問題は起こります。
自分自身の失敗もあります。
そして、自分だけではなく、周囲の人の行動によって問題が起こることもあります。
管理する立場であれば、その責任を感じる場面もあります。
そんな時、以前の私は、
「何とかしなければ。」
という気持ちが強くなっていました。
問題そのものへの対応というより、
「この状況を早く解決しなければ」
「悪い印象を残してはいけない」
という思いが先に出ていたのです。
もちろん、責任を持って対応することは大切です。
しかし、そこで一つの疑問が生まれました。
この出来事は、本当に自分の人生において、それほど大きなものなのだろうか。
2 目先の評価を守ろうとすると、視野が狭くなる
人は、不名誉なことや失敗を避けたいと思います。
それは自然なことです。
誰だって、悪く思われたいわけではありません。
しかし、その気持ちが強くなりすぎると、視野が狭くなることがあります。
「今どう見られているか」
ばかりが気になってしまう。
すると、本来大切にしたいことが見えなくなります。
長い目で見た人との関係。
自分自身の成長。
本当に築きたい未来。
目の前の評価を守ることに必死になると、未来のために必要な行動が選べなくなることがあります。
3 私が望む人生から考えてみる
そんな時、私は一つの問いを持つようになりました。
「私は、どんな人生を望んでいるのだろう。」
もし私が望む人生が、
「失敗しない人生」
「誰からも悪く思われない人生」
なら、目の前の出来事は大きく感じるでしょう。
しかし、私が望む人生は違いました。
完璧に見られることではありません。
誰かを責めることでもありません。
人との関わりの中で成長すること。
自分自身も成長すること。
そして、愛を持って人と関わること。
そこを基準に考えた時、目の前の出来事の見え方が少し変わりました。
4 出来事が小さくなったのではなく、自分の視点が変わった
もちろん、問題がなくなったわけではありません。
失敗が起こらなくなったわけでもありません。
これからも、思い通りにならないことはあるでしょう。
しかし、
「人生全体」という大きな視点から見ると、
「あの時の出来事は、自分が思っていたほど大きくなかった。」
と思えることがあります。
大切なのは、問題を軽く見ることではありません。
問題に向き合いながらも、それに人生全体を支配されないことです。
そのためには、自分の人生の基準をどこに置くかが大切なのだと思います。
まとめ
目の前で起こった出来事は、変わらない。
しかし、その出来事を見る自分の視点は変えることができます。
短期的な評価を基準にすれば、失敗は大きく見える。
長い人生で大切にしたいものを基準にすれば、失敗は通過点になる。
私は今、少しずつですが、
「どう見られるか」
よりも、
「どんな人生を歩みたいか」
を基準に考えるようになりました。
そして気づきました。
人生を変えるのは、失敗をなくすことではない。
失敗の大きさを変えて見ることなのかもしれない。
次回は、なぜ私たちは失敗を必要以上に恐れてしまうのか。
そして、その恐れが本来の力を奪ってしまうことについて考えてみたいと思います。
