こんにちは、ヨハニです。
前回は、人生の基準をどこに置くかによって、目の前の出来事の大きさは変わって見えるのではないか、というお話をしました。
同じ出来事でも、
「今、どう評価されるか」
を基準にすると、とても大きな問題に感じる。
しかし、
「自分がどんな人生を歩みたいか」
を基準にすると、通過点として見ることができる。
今回は、なぜ私たちは失敗を必要以上に大きく受け止めてしまうのか。
そして、その恐れがどのように自分の力を奪ってしまうのかについて考えてみたいと思います。
1 失敗そのものより、失敗への恐怖が苦しみを生む
失敗は、誰にでも起こります。
どれだけ準備しても、どれだけ経験を積んでも、完全に避けることはできません。
しかし、苦しみの原因は、失敗そのものだけではないのかもしれません。
「失敗してはいけない。」
「間違えてはいけない。」
「悪く思われてはいけない。」
そんな思いが、失敗を必要以上に大きくしてしまうことがあります。
本来なら、一つの出来事だったものが、
「自分の価値を否定される出来事」
のように感じてしまう。
そこに苦しさが生まれるのだと思います。
2 恐れは、行動を小さくしてしまう
失敗を恐れると、人は慎重になります。
もちろん、慎重さは大切です。
しかし、必要以上の恐れは、自分の可能性まで小さくしてしまいます。
例えば、
「失敗しないように」
力を発揮できる人は、失敗を小さく見ている
スポーツ選手でも、仕事ができる人でも、挑戦し続ける人には共通点があります。
それは、失敗をしないことではありません。
失敗をしても、
「人生全体から見れば、一つの経験だ。」
と捉えられることです。
だから、思い切った行動ができます。
もちろん、反省はします。
改善もします。
しかし、自分自身を否定するところまでは行きません。
失敗から学びながら、次へ進むことができます。
4 目指すべきは、失敗しない自分ではなかった
以前の私は、
「失敗しないこと」
が良い状態だと思っていました。
しかし、今は少し考えが変わりました。
大切なのは、
失敗しない人になることではなく、
失敗しても立ち直れる人になること。
間違えても、自分の人生全体を見失わないこと。
そして、また前へ進めること。
そのためには、
「この出来事は、私が望む人生において、どれほど重要なのか。」
と問いかけることが大切なのだと思います。
まとめ
失敗を恐れるほど、人は小さくなってしまうことがあります。
本来なら挑戦できることも、
本来なら伝えられることも、
本来なら発揮できる力も、
恐れによって閉じ込めてしまう。
しかし、人生の基準をもっと先に置くと、目の前の失敗の大きさは変わります。
失敗がなくなるわけではありません。
でも、失敗に支配されなくなります。
そして、その時、人は本来の力を取り戻せるのかもしれません。
次回は、実際の仕事の場面から、短期的な対応と長期的な視点での対応の違いについて考えてみたいと思います。

